皆様、新年明けましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、新しい年を迎えましたが、新年早々悲しいニュースが飛び込んできました。
中日のエースとして「燃える男」、中日、阪神、楽天の監督時代は「闘将」と呼ばれた楽天・星野仙一球団副会長が4日午前5時25分に死去されました。
享年70歳でした。

2016年7月に急性膵炎を発症したことをきっかけに膵臓がんであることが判明し「余命90日」といわれたなか、病と闘い続け、最後まで闘う熱き熱将だったと思います。
「幸せな人生やと思うよ。女房のおかげで2人の娘がきちんと家族を持ち、孫にも恵まれた。こんな人生ってあるか? ないやろ」
と、晩年、事あるごとに、こうつぶやき、97年1月31日に51歳の若さで白血病による肺出血でなくなった扶沙子夫人の無念の思いを込め「女房の分まで生きる。そう約束したんや」と走り続けた生涯であったそうです。
星野仙一氏は非常にプロ意識が高い方で、多くの名言を残していますので、本日ご紹介したいと思います。
でも、その前に星野仙一氏を知らない世代もいらっしゃると思いますので、彼の功績を少しご紹介したいと思います。
1947(昭和22)年1月22日に生まれ、岡山県出身。倉敷商高、明大を経て69年ドラフト1位で中日に入団。

エースとして活躍し、74年に沢村賞を授賞。
2度のリーグ優勝に貢献し、通算146勝121敗34セーブ、防御率3・60。
1982年に引退し、監督としては中日で88、99年、阪神で2003年にリーグ優勝しました。
記憶にもまだ新しい、2008年北京五輪日本代表監督を務め、11年から楽天を指揮し、13年は球団初のリーグ優勝と日本一に導きました。

監督通算1181勝1043敗53分け。14年限りで退任し、シニアアドバイザーを経て球団副会長に就任し、2017年野球殿堂入りした、日本野球界の至宝と言っても過言でない人物なのです。

そんな星野仙一氏は、現役、監督時代から独自の野球に対する持論は決してブレることはありませんでした。
その星野氏をヤクルト、阪神、楽天などで監督を務めた野村克也氏は星野仙一氏の訃報を受け、
「おぼっちゃまばかりの今の選手に厳しさを知らせる、プロ意識を植え付けるには最高の監督」
と、その手腕を認めています。

そんな誰しもが認め、称えた星野仙一氏のプロ意識を感じる名言です。
「差を埋めるのは技術や戦術じゃない。気持なんだ。」

「迷ったら前へ。苦しかったら前に。つらかったら前に。
後悔するのはそのあと、そのずっと後でいい。」

「やるべきことだと思っていることを、
本気になってやっていかなければ自分の人生も、
なにひとつ変わっていきはしないのである。
本気か、本気でないのかが人生の分かれ道だ。」

「いま、子供を叱れない、生徒を叱れない、部下を叱れない人がいる。何やってんの。叱ることが愛情だよ。」

「勇気を奮い立たせて、毎日闘っていく。弱みは絶対、見せちゃいかん。選手はいつも背中を見てますから。丸まった背中になったら駄目なんです。」

「夢は見るものではない。
実現させるための目標である。
その為に、今何をなすべきかを冷静に考え、できる事は即座に行動する。」
いかがでしたか?
「プロ意識」は専門職に限らず、仕事を持つ全ての人に向けられた言葉です。
プロ意識があると、仕事にやりがいが芽生え仕事を通した成長が実感できます。

我々の仕事は命を救うというとても崇高な仕事です。だからこそ、このプロ意識を持ち、漫然と過ごすのではなく、情熱を持ってやりがいを感じてその任務に就くことは、皆さんの目的を達成に導くものです。
プロ意識を持つことで、
①仕事にやりがいを感じられる
②求められる人材になれる
③責任感に目覚め、質のいい仕事をこなせるようになる
④知恵やスキル、向上心が芽生える
⓹自身の成長を感じられる
などの相乗効果を得ることが出来ます。
プロ意識という言葉は、人によっては重圧や重荷のような感覚を覚えるかもしれませんが、「仕事をしてお金をもらうこと」、すなわちそれがプロなのです。
「プロである自分」を意識することで、自然と仕事への姿勢が楽になってくるかもしれません。

星野仙一氏のご冥福を祈るとともに、小消協では今年もプロ意識を強く持った会員の人財育成に力を入れていきたいと思います。