消防職員協議会発足小説「凛〜りん〜」の第2話のその②です。

その前の話をお読みでない方は、こちらからご覧ください。
第1話 「プロローグ」

第2話「最初の事件①」



深夜の静けさを引き裂くような指令音が、1月の凍りついた空気を一気に引き裂いた。

川端が勤務する消防署にけたたましい連続した音が響き渡り、その後救助指令が流れた。

 指令によると、若い女性が家屋の屋根に登り、飛び降り自殺を図ろうとしているとの情報であった。

仮眠室のベッドに入ったものの、虫の知らせというのだろうか、川端は寝付けず今日一日起きたことを思い返していたところだった。

川端は仮眠室のベッドから飛び起きると、住宅の載った明細地図を開き出場先を確認し、誰よりも早く防火服に身を包んだ。

支援情報はまだ流れていなかったが、川端は最悪のケースも想定し、様々な救出パターンを頭の中に描いていた。
静まり返った深夜の車庫に眩い明かりが灯り、ガコンガコンと音を響かせながらシャッターが解放された。


新年が明けて正月の三ヶ日が過ぎていたが、暮れのような深夜の静けさが消防隊の乗る消防ポンプ自動車のエンジン音をより強調させた。

赤色灯を点けると、コンクリート打ちっ放しの無機質の車庫にはまるで血が通ったような赤い光が写し出される。まるで車庫全体が何かの命のように脈打っているようにも見える。

川端のアドレナリンが身体から湧き出ているようだった。

「みんな、乗ったか?行くぞ!」

部下に檄を飛ばす川端の吐く息は白かった。
凍てつく夜の空気は、逆に消防隊の隊長を務める川端の頭を落ち着かせ、スッキリさせた。

川端の中で、最初の選択肢は「ボイスコンタクト」により、まずは救助者を落ち着かせ、その間に警察と連携し、後着部隊の特別救助隊に二次災害の防止を図るための措置を取るように無線で支援情報を送った。

川端は、これまで多くの住民と接する機会のある部署にいたため、交渉術やコミュニケーション能力には自信があった。

予防課に在籍していた時は、理不尽な自己主張を訴える消防法令違反者に対し、毅然とした態度で行政指導を行うことも、時としては小さな子供に防災普及を行い、どの年代の目線でも話せるなど、川端のコミュニケーション能力は、消防内でも右に出るものが居なかった。

学生時代に野球というスポーツを通して礼節を学び、川端は多くの地域住民から「消防の川端さん
」と信頼も厚かった。

川端には、ボイスコンタクトでまず落ち着かせ、「声で救う」自信があった。
救助活動では、物理的な救助技術は絶対的に必要なのだが、要救助者が「生きたい」、「助かりたい」と思う強い精神力が必要になるため、この声で救助活動を行う「ボイスコンタクト」は要救助者のメンタル面をフォローするためにも、非常に重要な活動であった。

深夜の闇を切り裂いて、川端の乗った消防車は現場へ緊急走行で急行する。


火災のウ〜カンカンというサイレン音とは違い、火災以外の事案は消防車のサイレンはウ〜音のみであり、それがまたより一層の火災とは違う異様な雰囲気と緊張感を醸し出していた。

 隊員は口には出さないが、まだ見ぬ災害現場に言い知れぬ不安を抱いている。

  川端は、隊員が不安要素を抱えたまま現場に行かぬよう、隊員に次から次へと指示を出した。

 川端は、現場付近に到着すると手前でサイレンの音と赤色回転灯を消すように消防ポンプ自動車を運転する機関員に命じた。
要救助者の心理的状況を考慮し、要救助者に与える不安要素を少しでも和らげたいと思ったからである。
消防ポンプ自動車もあえて、家の前には停めず、災害現場より離れた位置に部署するように命じた。
やがて、消防車は火災現場である一般住宅の付近に到着した。

続く…