沼田まほかる原作のベストセラー小説を映画化した『彼女がその名を知らない鳥たち』は、クレーマーで自分勝手な女・十和子、不潔で下劣なうえ、十和子に異様な執着を見せる男・陣治(阿部サダヲ)、一見誠実そうな風貌だがとにかく薄っぺらな水島(松坂桃李)、十和子の昔の恋人で自身の出世や保身のためなら女を道具に使うことも厭わない黒崎(竹野内豊)と、"共感度ゼロ"の最低な女と男たちが"究極の愛"に辿りつく様子が描かれる大人のラブストーリー。

 

自分勝手でどうしようもない主人公・十和子を演じたのが女優の蒼井優。そして、本作でメガホンをとったのが『凶悪』(2013年)『日本で一番悪い奴ら』(2016年)などノンフィクションを原作に社会派エンターテイメントを作り出してきた白石和彌監督。日本の映画界に欠かせない存在である2人に、『かの鳥』の魅力、映画に懸ける思いなどを聞いてきた。

 

 

■「蒼井優のモンスターっぷりに驚きました」(白石監督)

 

ーー蒼井さんが演じられた十和子は、同居人の陣治の稼ぎをあてにしていながらも、陣治のことを毛嫌いしているという自分勝手で“嫌な女”というキャラクターです。白石監督は何故、蒼井さんにオファーしたのですか?

 

白石:原作を読んだときに、「映画化するんだったら、絶対に蒼井さんしかいない」と感じました。やってくれるかどうかは別として、まずは当たってほしいと。蒼井さんと阿部さん(阿部サダヲ)に関しては脚本にする以前の段階で、ぜひお願いしたいと決めていました。

 

©︎2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

 

ーー蒼井さんとお仕事されるのは本作が初めてということですが、ご一緒してみての印象は?

 

白石:いろいろな方から聞いていたモンスターっぷりが分かりました(笑)。さすがだなって。

 

 

ーー(笑)。印象的だったモンスターっぷりが分かるエピソードはありますか?

 

蒼井:ないですよ(笑)!普通です!

 

白石:あはは(笑)。モンスターっぷりは作品のそこかしこに散りばめられていると思います。特に印象的だったのはラストシーン。蒼井さんに「どういう表情にしたら良いですか?」と相談を受けたので「最後の最後に大事なことに気づくから、ちょっと嬉しくて笑うんじゃない?」と答えたんです。そうしたら、すごく絶妙な笑みを見せてくれて。あれは予想以上のものでしたね。

 

 

ーー蒼井さんは、白石監督の印象はいかがでしたか?

 

蒼井:『凶悪』を拝見していたのですが……こんなに笑う人だと思わなかったです(笑)。

 

白石:(笑)。

 

 

蒼井:みんなで飲みにいって、くだらない話をするようなことを嫌うタイプの方だと思っていたんです。でも実際は逆で、わりと率先していくタイプの方(笑)。

 

白石:ストイックな感じだと思ってた?

 

蒼井:映画を作れる喜びを噛みしめるタイプかと。そうではなく、外に出すタイプなのが意外だなって思いました。

 

 

ーーなるほど。白石監督は開放的なタイプなのですね。

 

白石:僕は楽しんで仕事をしたいので。もちろん自分の中で苦労とかもありますけど、それはなるべくださないようにしています。スタッフやキャストの良いところをできるだけ引き出せるように、良い雰囲気で作れるように…ということを常に考えていますね。

 

 

蒼井:白石監督はコミュニケーションをとることを面倒くさがらないですよね。こんなにも「こうしてみよう」「ああしてみよう」と、どんどんアイデアを出してくださる現場はなかなかない気がします。量でいったら、白石監督か山田洋次監督くらい。

 

白石:段取りを見て、もうちょっとこうしたほうが面白いんじゃないかなって頭に浮かんできちゃうと収まらないんですよ。まぁ、変えておいてカットしたりもするけど…(笑)。

 

蒼井:多かったですね(笑)。

 

 

■松坂桃李&竹野内豊の悪役は「奇跡ですね(笑)」(蒼井&白石監督)

 

©︎2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

 

ーー陣治役の阿部サダヲさんは見事に不潔でちんけな“下劣な男”を演じきっていましたが、あのビジュアルも現場で作りあげていったのでしょうか?

 

白石:陣治の汚れに関しては、みんなでアイデア出し合いました。食事中に足の指の間のゴミをとったり、歯を抜いたり、爪をガタガタにしてみたり…。実は十和子と出会ったばかりの頃の陣治は、今よりも色も白くてシュッとしているんです。

 

 

ーー十和子と一緒にいるようになって徐々に汚れていくのですね。

 

白石:きっと陣治は十和子にいろいろと吸いとられていったんでしょうね(笑)。

 

©︎2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

 

ーー十和子が惹かれる不倫相手・水島役の松坂桃李さん、十和子が思いを寄せ続ける元彼・黒崎役の竹野内豊さんというキャスティングも意外だなと思いました。

 

白石:松坂くんと竹野内さんは、よくこんなに悪い役を引き受けてくれたなと思います。

 

蒼井:奇跡ですよね(笑)。

 

白石:本当に(笑)。

 

 

ーーお二人の印象は?

 

蒼井:みなさん、とても優しい方でした。

 

白石:竹野内さんは、「こんなに悪い役をやるのは初めてだ」ともおっしゃっていて。暴力をふるうシーンで十和子を殴ったあとも、興奮が冷めないまま「暴力はいけない…暴力はいけない…!」ってずっと言っていました(笑)。

 

©︎2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

 

ーーところで、本作は原作の舞台が大阪ということで、撮影もオール関西ロケを敢行されたのですよね。いかがでしたか?

 

白石:この作品にとって大阪でのロケはマストでしたね。一時、大阪じゃないことも考えたり、他の場所で撮影しましょうって話も出ていたんです。でも、台本や原作を読み返したら、標準語でこの話をやっても味気なくなるなと思って。

 

蒼井:それは私も感じました。関西弁って1つのスパイスになりますし。標準語だとちょっと難しい印象になってしまうんですよね。

 

白石:そうそう、可愛げがなくなるというか。

 

蒼井:100年前の戯曲とかを読んでいても、「これが全部方言だったら面白いのにな」と思うことが多くて。素朴さだったり、都会の人との違いだったり…その土地土地の音の面白さって作品を豊かにすると思うんです。そういった意味で、この作品には関西弁の可愛らしさがぴったりだなって。だから、この作品がトロント(映画祭)に出品されるって聞いたときは英語になっちゃう!って思いました(笑)。

 

白石:ボストンなまりにしなきゃ(笑)!

 

 

ーー蒼井さんは、ご両親が大阪出身と伺いました。関西弁はすんなりと覚えられましたか?

 

蒼井:祖父母も大阪なので幼少期から馴染みはあったのですが、実際に喋るとなるとやっぱり違います。わたし自身は福岡出身なので博多弁も入ってしまうんです…結果、中間の言葉になっているのかな(笑)。

 

 

ーー(笑)。関西弁で演じることには苦労されたのですね。

 

蒼井:特に喧嘩をするシーンでは緊張しました。感情的になると会話のテンポがアップするので、そこで関西弁を喋るのが本当に難しかったです。

 

 

■十和子のような友達がいたら「本当に怒る!」(蒼井)

 

ーー十和子は「共感度ゼロ」の最低な女ということですが、演じる上でもやはり共感できる部分はありませんでしたか?

 

蒼井:あまり共感という感覚はありませんでしたね。でも、とにかく十和子を演じる上で意識していたのは、お客さんにいかに嫌われる勇気を持てるかということ。自分も小説を読んで、すごくイライラしたんです。「もうー!自分の友達がこんな行動をしていたら、本当に怒る!」ってくらい(笑)。だけど、そういう時間があるからこそ、最後の数分でグッとくるんだなと思って。それまではいかに自分に耐えるかだなと思って演じていました。

 

 

白石:蒼井さんは、「(十和子は)どれだけ嫌な女で、どれだけお客さんに嫌われていくんですかね?」みたいなことをよく言っていたよね(笑)。

 

 

ーー確かに、女性から嫌われるようなタイプというか…(笑)。陣治といるときと、黒崎といるときの十和子は別人のようでしたよね。

 

蒼井:そりゃぁ、そうですよ(笑)!自分を“黒崎レベルの女”だと思い込んでいるんですから。

 

白石:そりゃぁ、そうですよ(笑)!

 

蒼井:痛々しい女性ですよね。美術スタッフさんが考えてくださって、十和子の本棚には手書きのブックカバーに付け替えた本がたくさん並んでいるんです。しかも、その読んでいる本のタイトルもぶりっこで痛々しいものばかりだったりして(笑)。映画には一瞬しか映らないと思うんですけど、探してみてください。

 

 

ーー細かいところまで十和子のこだわりがでているのですね。白石監督は、登場人物の中で共感できるキャラクターはいましたか?

 

白石:僕は原作を読んで共感できることが多かったんです。この作品に登場するのは、嫌な女と嫌な男ばかりですけど、本当に嫌いにはなれないというか。水島も、陣治も、十和子も「こういうところ可愛いよな」という部分がちょっとずつあって。最初は引いて見ていても、少しずつ歩み寄っていける距離感を感じていました。

 

©︎2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

 

ーーどのキャラクターも良い意味で人間らしいですよね。

 

白石:十和子もたまに可愛らしい瞬間があって。陣治のことをいやだいやだと言いながらも一緒にご飯食べたり、そこでポロッと「美味しい」と言っちゃったりするんです(笑)。

 

蒼井:陣治のことをなんだかんだ切れないというのはちょっと分かるけど、そこが可愛くみえるのは作品の中だからなんですよねぇ…(笑)。

 

白石:中でも、僕は最初から陣治に共感しまくりでしたよ(笑)。陣治のラストのように十和子に何かを残すことが“無償の愛”だとしたら、陣治の1000万分の1くらいでいいから、何か残せる人になれたらいいなって思いました。

 

 

■『かの鳥』は白石監督らしい作品

 

 

ーー改めて出来上がった作品を観た感想を教えてください。

 

蒼井:1回目観るのと2回目観るのとでは全く違う感想になると思うので、ぜひ2回観ていただきたいなと思います。あとは、「白石監督ってこういう映画も撮られるんだな」って思いました。だんだん陣治が白石監督に見えてきて…。

 

白石:嬉しいですね。

 

蒼井:一緒にお仕事させていただいて、白石監督を知ってからだとすごく白石監督らしいなって。

 

白石:むしろ『凶悪』とかよりもこっちだったんだ、みたいな?

 

蒼井:うん、そう(笑)。一映画ファンとしても、「白石監督ってこういう映画を撮られるんだ!」という驚きがありましたね。

 

白石:僕も『かの鳥』は、何度も観たいと思える作品ですね。けっこう後味の悪い作品を撮ることが多くて、この間も広島でけっこうキツイ映画を撮っていたんですけど、折々に「あぁ、『かの鳥』みたいな」って思っていました(笑)。自分の作品でそういった作品が生まれたことがびっくりですし、みなさんにもぜひ2回観ていただけると嬉しいです。最初のほうの陣治の「ただいまー」って帰ってくるシーンから泣けますから。

 

Photography=Makoto Okada
Interview=Ameba

 

 

【作品情報】

 

 

<STORY>

八年前に別れた男・黒崎を忘れられない十和子は、今は15歳上の男・陣治と暮らしている。下品で、貧相で、地位もお金もない陣治を激しく嫌悪しながらも、彼の稼ぎで働きもせず日々を過ごしていた。ある日、十和子は黒崎の面影を思い起こさせる妻子ある男・水島と関係を持ち、彼との情事に溺れていく。そんな時、家に訪ねてきた刑事から「黒崎が行方不明だ」と知らされる。どんなに足蹴にされても文句を言わず、「十和子のためなら何でもできる」と言い続ける陣治が、執拗に自分をつけ回していることに気付いた十和子は、黒崎の失踪に陣治が関わっているのではないかと疑い、水島にも危険が及ぶのではないかと怯え始める―― 

 

<キャスト>

蒼井優 阿部サダヲ

松坂桃李 / 村川絵梨 赤堀雅秋 赤澤ムック・中嶋しゅう / 竹野内豊

 

監督:白石和彌 

原作:沼田まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち」(幻冬舎文庫)

 

制作プロダクション:C&Iエンタテインメント  

製作:映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

配給:クロックワークス 

 

 

映画『彼女がその名を知らない鳥たち』は、10月28日(土)より全国ロードショー。