エチカの鏡 | 渋谷区と新宿区の境界で働く社会保険労務士(社労士)・行政書士 洲崎佳美の感じたこと

エチカの鏡

渋谷区と新宿区の境界虹社会保険労務士(社労士)・行政書士のすさきキラキラです


昨晩、エチカの鏡というテレビ番組を見ました


テーマは、人生の終わりを考える 余命告知後、人はどう生きる


番組では、余命告知後のいくつかの事例を紹介していました


飲食店を経営していた人が余命告知され、しばらく抑うつ状態だったのが、お店の常連がお見舞いに来てくれたことがきっかけで、生前葬を思いつき、最後の晩餐と称し、駆けつけてくれたたくさんの人と有意義な時間を過ごしたケース


なかなか子供と一緒の時間がもてなかったサラリーマンが、延命治療を拒否し、残された時間を家族とともに時間を過ごしたケース


余命告知後、入退院を繰り返しながら、大学に入学し、将来はがん患者支援のためのNPOを設立したいと夢を語った50代の女性のケース


人間は必ず死ぬ


それは誰もがわかっていること


でも、自分の死の時期がいつかわからないことで、通常、さほど深刻に死を思うことはないように思います


そんな状態で、突然命のタイムリミットが近い可能性があることを知らされたら、どうなってしまうのか


告知後の心理状態を死ぬ瞬間という本本を引用して説明していました


否認 右矢印 怒り 右矢印 取引 右矢印 抑うつ 右矢印 受容 


と変化するのだとか (記憶が正しければ。。。)


そういえば、この本は随分昔に読んでいたことを思い出しました


石田衣良さんが、みんなが受容してから死ななければならないのではなく、わめきながら死んでもいいと思うと言っていました


そう思えると、少し心が軽くなります



死を考えることは一種のタブーであるような風潮があるようにも思います


大地震に対する準備をしていないことに対して自己責任云々という意見がありましたが、そうであるとするならば、死に対する心の準備も自己責任と言えなくもないのかもしれません


大地震は起きない可能性もあるけれど、死は必ず経験しなければならないのですから。。。



余命告知の後、自分がどのように考え行動するか


とても興味深い



最後までお付き合いいただき、ありがとうございましたブーケ1