先日東京からお越しの一門会メンバーと聖地へ出向きました。
昼過ぎと言うのに辺りは薄暗く、そして霧がかかっていました。
今回は三脚を使っての撮影に挑み、シフトレンズを使いまくってみました。
雲台をできるだけ早く水平を保つにはどうすればよいか?
これがかつての課題だったので、練習をするには十分な時間がありました。
同じお堂の周囲を回りながら、何カットも撮り直し、その都度あえて三脚の高さを変えながら、一からのセッティングを組んでの練習。
そう、写真の上達法の一つに「同じ被写体に300シャッター」があります。
ディスタンス、アングル、高さ、角度、深度・・・と、300では足りない位なのが本来ですが、同じものに300は飽きがきます。
今回は納得がいくまでのシャッターだったので、実際は5分の1、60カット位しか撮っていませんが、それなりにどことなく?仕上がった画にまとまった気がします。
ここ最近はネイチャーよりも「聖地」の撮影がインパクト大で、特に世界遺産や国宝といった、今までそう目にする事のなかった被写体に恵まれ、それらを撮らせて頂いているうちに、自分の写真が変わって来た事に気付きました。
「人物」「物」「自然」「動きもの」etcそれぞれのもつ素晴らしさばかり追求し、実際の所はそれを如何に美しく綺麗に魅せるか!ばかり考えてシャッターを切っていましたが、最近はまた違うモノを見つけながらシャッターを切れるようになって来たように感じます。
どの仕事も同じように、進んでいくと必ず「頭打ち」に悩み苦しみます。
実際私も画作りに対して、結局同じものしか撮れなかった自分を悔やんでいましたが、最近は少しだけ違ったものを画の中に求めているような気がします。
はたしてそれが良いのかは分かりませんが、間違いでない事だけは確信しています。
必死に追いかけていると、必ずその答えがついて来る。
それを聖地に学んだ気がします。
