【兵庫県内の不登校・ひきこもりの訪問支援】
Office Sabbyです。
夏休み明けに子どもの自殺が急増するニュースがここ数年広く話題になっています。
それにともなって、多くの大人たちが「逃げてもいいんだよ」「無理に学校に行かなくてもいいよ」というメッセージを発信するようになりました。
このような声は、実際に昔学校に行きにくかった経験を持つ大人たちから発せられたものも多いようです。
私は不登校の経験はありませんが、学校は嫌いでしたし、できれば行きたくなかった。だから毎年8月の終わりになると、「学校が火事になりますように」と神様に祈ってました。毎回全力で祈ってたんですが、神様は私の願いを聞いてくれませんでした。
だから学校に行きたくない人の気持ちはなんとなくわかります。
夏休み明けだったかどうかは忘れましたが、たしか私が神出学園に勤めているときにも、兵庫県内で高校生の自殺があったように記憶しています。
その時は「神出に電話してくれたらなんとでもしてあげられたのに」と悔しい思いをしました。
助けてあげられたかもしれない命が助けられなかった、と感じました。
ここから先は私の勝手な思いです。
まずひとつめ。
学校に行かなければならない、という考えは幻想だ。
日本国憲法には
第二十三条 学問の自由は、これを保障する。
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
と書いてある。
この条文を、一応法学部出身である私はこう理解する。
子どもたちが安心して学校に行って教育を受けられるようにするために、周りの大人たちがちゃんと頑張らなあかんねんで。
日本国憲法には子どもは学校に行かなあかんで、なんて書いてないし。周りの大人が頑張らなあかんねんで、と書いてるし。
だから安心して学校に行けないという人がいたら、それは全部大人のせいです。子どもが悪いんじゃない。
もし、学校に行くぐらいなら死んだほうがマシだと思う人がいたら、それはぜーんぶその子の周りの大人のせいです。その子にそこまで思い詰めさせた大人がダメ。
死ぬぐらいだったらここは思い切って大人たちに責任を押し付けてほしい。
でも力になってくれる大人も必ずいるということも覚えていてほしい。
ふたつめ。
たいていの大人は学校に行かないことは悪いと言う。みんな学校に行ってるんだからあなたも行かなあかん、とか。
私は学校に行かないことは悪いことだとは思わない。逆に無理して行く方が身体に悪い。
でも学校に行かないと何かと不便だとは思う。
進学するときに行きたい学校に行けないこともあるだろうし、家族とバトルを繰り広げることもあるだろう。高校生なら欠席が続くと進級できないということもある。普通に学校に行っていたら悩まなくて済むことも、学校に行かないことで困ることも出てくる。
でも命をかけていくほどのところでもない。
実際に学校に行かないことを選んだ子どもたちと日々接してきて、彼らは不便ではあるけど不幸ではないということがわかる。
みんなが歩む道から外れても、そこから見える景色は結構面白いと思う。
不便だからこそいろいろ考える力が養われるし、工夫する力もつく。
そういう人生も良いんじゃないかな。
少なくとも私が関わっている不登校の子どもたちはみんなユニークで面白い子たちばっかりです。悪い子なんて一人もいません。
と言いつつ、学校に行けない子たちが学校に行けるようになるために日々走り回っているんですけどね。
