天候。
私、毎日、空を見上げています。
その日の空模様によって予定を立てる……という部分もありますが、一番の理由は空の様子を窺うことが楽しいですね。
雲ひとつなく晴れたら、「おー、カラッと日本晴れ!」と嬉しくなりますし、入道雲や鰯雲など季節を感じさせる雲が浮かんでいたら「ほー、季節も変わったなぁ」とほっこりしますし、どんよりと曇っていたら「日光が足りない分、眠いなぁ。昼寝したいなぁ」とのんびりした気分になりますし、雨が降っていたら「慈雨ってやつだ。こういう日は部屋でゆっくりマンガが読みたいわぁ」とまったりした気分になります。
ただ、昨今の気象状況である豪雨や豪雪、極端な気温変動、季節関係ない台風のような強風などもありますが、流石にそこは困ったもんだなあと思うのです。
が、それでもやはり、空を見上げては、虹や彩雲、燃えるような朝焼けや夕焼け、星々が輝き出す菫色の空、漆黒の中に煌めく北極星や星座たちに心をとらわれてしまうのです。
このように空を見ては「ほうほう」と感激している私ですが、ふと思うことがあります。
遙かな昔、天候や天文に関する知識がなかった人たちはどのような思いで空を見上げていたのだろう? と。
様々な記録や伝承などを見る限り、彼らはそこにカミなどを見ていたように感じます。
否。
それよりもまず最初に、単純な感動があったのではないか? と思うのです。
朝起きて、天に太陽が顔を覗かせればその輝きと暖かさに。
雨が降って大地を潤せば、その恵みに。
雷が鳴れば、畏れながら、漁期や作物の指針に。
他、様々に変わっていく天候に、毎日が感動の連続だったのではないのでしょうか。
私はそんな想像をするのです。
私も毎日ある種の感動をしたくて、毎日空を見上げます。
意外と凄いものが目に飛び込んできて、驚きは多いのですよね。
取材先だと……。
青空とくっきりとした山稜。
遠く広がる海と空の境目。
神社のご神体である山の向こうから湧き出す真っ白な雲。
古代の天皇陵に指す赤い夕日。
神が降りたという山の頂上と夜になりかけた紫の空。
神仏が祭られた山の頂上から見上げる満天の星々。
写真じゃ伝わりづらい感動がそこにありました。
そして、虹、彩雲、珍しい雲たち。
いや、本当に素晴らしい景色を見せてくれます。こういうときって、一緒にいる人によって起こる確率が高まるのが凄いっつーか、なんつーか。
因みに、私、低気圧に弱いんですよ。
偏頭痛が始まったり、眠くなったり、視界がおかしくなったり。
そんなときは何もしないに限ります。
そして、寝る。……動物か。
そう言えば、取材に行くと殆ど晴れますねぇ。
雨が降ったのは数えるほど。
あるとき、取材同行の予定がある方が「明日、曇りです。雨の確率、かなり高いです」と心配されていましたが、翌日はほぼ雲がない快晴!
また別のとき、別の方から「明日は雲が広がって厳しい寒さになるようです」と来たのですが、行ってみたら暖かい気候の晴れ!
更に「明日、古代天皇関連の古墳を写真撮影しないといけないのですが、曇りですね。晴天で写したかったですよねぇ」なんて連絡が来ましたが、青い空と良い感じの雲が浮かんだ素晴らしい景色!
そんでもって「明日はあの山が見たいのに、予報だと一日雨ですねぇ」と来たけれども、ドッピーカンの晴れでクッキリハッキリ!
うははは。どーだ!(自慢)
でも、途中、雨が降ることもあるんですよ。
とある神社さんへご挨拶へ行ったのですが、雲ひとつない青空でした。
お参りを済ませ、宮司氏とお話をして、お堂にお参りして……と帰ろうとしたら、土砂降りになりました。本当に豪雨。
えー、雲なかったし、今まで空は明るかったじゃん! って驚いていたら、数分でピタッと止んで、また青い空になります。
その後にドカーンとぶっとい虹が架かって、これがまた凄いのなんの。
こんなことが良く起こるんですよね。
ご挨拶するまで待ってくれたのか、はたまた、他に何かあるのか。
どちらにせよ、このような出来事は神社さんだけではなかったことを申し添えておきましょう。
と言うわけで、皆様も空を見上げてみましょう。
どっとはらい。