Chef-1のテーマ「新・定番ラーメン」の後。

 

 世はゴールデンウィークらしいぞ!

 なので短いけれどGWだから書いてみます。

 

 

 たまたま点けたテレビで見た『Chef-1』。

 概要として「テーマに沿った料理を4名の料理人が作り、審査員が点数を付けて、上位2名が新テーマによる決勝戦を行う」……のかな?

 

 

 

 新・定番となるラーメン。そんなテーマで予選(?)が行われるところを見たのだけど、確か「カルボナーラ」「麻婆」「もつ」「豆」の4種。

 定番とは常に需要があるものを指すので、それぞれの意図を加味すると確かにそれぞれの料理人が定番化を目指したレシピになっているような気がする(はい、わたくし素人です)。

 

 で、あのラーメンはげこと芹沢達也が大活躍中の『ラーメン再遊記(小学館:河合単先生)で、主人公・芹沢達也が「万人の形式の探求」を口にします。要するに「醤油、塩、味噌、豚骨以外で万人に好まれるもの」を求めるわけです。そして他のラーメン料理人が「豚汁ラーメン」や「生姜焼きラーメン」をそれに近しいと評価するのです。個人的には豚汁ラーメンは「味噌ラーメンベースの構造に根菜類多め+和風の新機軸」、生姜焼きラーメンは「塩豚骨ラーメンベースに生姜焼きの甘辛さと野菜プラス」などの定番+定番という思考の元に構成されている、と感じます。

 

 で。

 わたくし思ったんですよ。Chef-1見た後に。

 

 

 

新・定番/万人の形式の答え。

 

 ずばり「カレーラーメン」ではないかと思うのです。

 

 日本人定番のカレーに、日本人定番のラーメンをプラス。相乗効果により新・定番/万人の形式になるような気がします。というのも、カレーもラーメンもある種日本食といえるレベルで「日本人向けの進化を果たした」メニューです。で、それぞれのベースを見ていくと「ご飯に合うよう、とろみと旨みを強めたカレー」と「中華そばという名前からも分かるように、中華の味を蕎麦やうどんの文脈に乗せたラーメン」という図式が浮かび上がります。そしてChef-1のレシピ群と、芹沢達也が認めたそれぞれのメニューを見ていくと「元々あった定番同士を掛け合わせる」方法論に基づいて構成されていることが何となく分かりますよね。だとすれば「カレー+ラーメン」こそ、新・定番/万人の形式となり得るものではないかと想像するのです。

 

 そもそも「カレー南蛮(カレー蕎麦。太葱や鶏肉など蕎麦屋で扱う素材とカエシ、鰹出汁が加わる)/カレーうどん(出汁+カレー。ミルクなど足すがベースは和風うどん)」という存在がありますし、カレーラーメンも扱う店が多いですからね。珍しいものではないでしょう。しかし、きっと「メニューにあれば選択肢に入れてしまう」ものがカレー+麺ではないでしょうか。カレースパゲティもありますしね。それにカップ麺でも「醤油」「塩」「味噌」「豚骨」と同時にカレーが入っていることからも定番商品たり得るものだと理解できるはず。

 

 だから新・定番/万人の形式ラーメンは「カレーラーメン」でもよいのでは?

 

 

 

具体的に。

 

 カレーラーメンもいろいろあります。

 個人的に2系統に分けて、それぞれどういうものか考えてみました。

 その2系統は乱暴に言うと「とろみ」「サラサラ」です。

 カレー南蛮などは「とろみ」のあるカレー出汁。ご飯にかけるカレーソース(ルー)の方向性を持ちます。麺に絡みやすい粘度と旨みが強いものです。

 逆に「サラサラ」はスープとしての側面を強めていますし、海外のスパイス麺の系統を思わせるものです。長粒種の米やチャパティ/ナン、海外の麺などスープを吸いやすいものにマッチします。

 ではそれぞれの方向性を説明しましょう。

 

 

1) とろみカレーラーメン

 鰹と昆布、鶏出汁、ベジブロス(野菜だし。生姜と大蒜も加えておく)をベースに全粒粉の中太麺。混合カレー粉と小麦粉を少量のバターとしらしめ油で炒めたルーを作り、みじん切りの玉葱を煮たスープで伸ばしておく。味付けはカエシ(濃い口醤油やザラメなどを混ぜ、寝かせたもの)ベースで。揚げ葱をチラし、落花生油の自家製ラー油(唐辛子やガラムマサラで作る)をスープ表面に垂らす。トッピングは白髪葱、薄く衣を付けた鶏わらじ竜田揚げ(衣はバリッとさせたい。あと、カットしておく。わらじカツのように肉を薄くしたほうが食感的に合うはず。また生姜風味のする竜田揚げならカレーにマッチする)、塩と砂糖で薄く味を付けた卵焼き。味変として「落花生油で炒めた豆板醤」や「梅酢につけた新生姜の千切り」など添える。要望に応じて残りスープにご飯を入れて貰い「カレーライス」にして締めて貰う。

 

 

2)サラサラカレーラーメン

 鶏出汁に昆布、干し貝柱、干し椎茸など乾燥食材と単体スパイスを煮出したスープ。ざくっとした低い加水率の縮れ細麺(小麦の香りが立つモノ)。混合カレー粉+クミンなど単体スパイスを足し、しらしめ油で炒めた後にスープでのばす。丼に塩ダレ(貝柱ベース)+醤油だれ(煮豚の煮汁だが、薄口醤油に味醂少し。そこに鰹節粉を加える)を入れ、スープを注ぎ入れる。香味油として、胡麻油で作ったスパイス油を浮かせる。トッピングは煮豚薄切り、万能葱小口切り、揚げ玉葱、湯がいたもやしとスライスして水にさらした玉葱、醤油だれで味付けした煮卵。味変は「香菜」「くし切りライム」「パパド(煎餅)」など。最後、ライスを足し「スープカレー/おじや」にしてもよい。

 

 

 ……ってこんな感じでしょうか?

 和風+中華+カレーという基本に、重なる各スパイスの香り。それぞれのスープに合った麺、トッピング、味変アイテム、香り、テクスチュアを考えるとこんな感じかなあ。あと旨み成分も和風と中華などをミックスしています。だってラーメンですからね。「らしさ」が必要です。

 んで、すでにバレバレですが「とろみはカレー南蛮」、「サラサラは東南アジアの麺」がベースです。ふははは。定番にしたいのならここまで凝った形にしなくてもいいのですけれども。カレー味でも「ラーメン」を強調したいので随所にラーメン要素を加えた結果? また最後の締めまで考えた方が商品としてアピールできますからね。また原価率とオペレーションを考えるとこういう辺りで如何? っていう。サイドメニューとの組み合わせまで考えるのがベターなんですけど!(アイデアはある)

 あ。冷やしカレーラーメンだと油脂は動物性を避けること。スープは冷やして油脂などを除去すること。コラーゲンものはジュレとしてトッピング。冷たいとスパイスの香りが立ちにくいので、粉にしたスパイス+スパイス油などの多重構成にすること、夏に供するのなら、辛味を活かす。梅酢などで酸味を加える、とか?

 

 そんなことを考えて書き殴ってみました。

 はい。料理バトル漫画や料理バトル小説、或いはいろいろな食べ物系のことは書けるので、どっかで書かせてくれるといいなあ。宜しくお願い致します。

 

 ここまで買いてなんですが、今わたくしはおむすびが食べたいです。

 しょっぱく酸っぱい梅干し、香ばしい海苔のやつ。

 なんてオチだ!

 

玉依毘売 ―― 神霊依りつく女神。

 

 玉依毘売。

 たまよりひめ、と読みます。

 

 古事記の中では「天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(鵜葺草葺不合命/うがやふきあえずのみこと)」と婚姻を結ぶ女神で、神武天皇たち四皇子(五瀬命・稲氷命・御毛沼命・若御毛沼命/狭野尊=神武天皇)の母親です。

 

 が。少し複雑なんですよ。この女神さま。

 では何故か。お名前のことを含めて次項へ。

 

 

 

玉依毘売とは。

 

 玉依毘売の玉は「魂」であり、神霊。依は依りつくの依で、神霊が依りつく乙女/女神の意味を持ちます。或いは玉=珠(真珠など)で水の女神とも言われますが、これはその出自である〈海神の娘〉であることもその理由でしょう。

 

 玉依毘売は鵜葺草葺不合命の母神・豊玉毘売の妹になります。

 姉・豊玉毘売は火遠理命(ほおりのみこと/山幸彦)と婚姻し、子を成します。が、その懐妊があまりに速かったため、火遠理命は「吾が子か?」と疑うのです。そこで豊玉毘売は【うけひ(宇気比、誓約、祈、誓。神に言葉にして誓うことで、成否・吉凶を占うこと)】を行います。そのうけひで「あなたの子であれば、燃えさかる産屋でも無事に子が産まれましょう」と自分の潔白を証明しようとするのです。そして実際に炎に包まれた産屋で鵜葺草葺不合命を産み落とします。その際、その身体が八尋和邇(巨大な海生生物。或いは海を渡ってきた人の意とも)と化したところを火遠理命に見られたことで、父神である海神の国へ帰ります。その後、鵜葺草葺不合命を世話して欲しいと妹である玉依毘売を使わすのです。その後、玉依毘売は【育てていた鵜葺草葺不合命と婚姻を結び、四皇子を産み】ました。

 

 「年齢差」とか「叔母と甥の婚姻だ」とかそういうのは神様のことだからと横へ……と考えたのですが。実は別の可能性が出てきました。

 

 

日向神話と別の神話と。

 

 実は「四皇子/神武天皇の母・玉依毘売」以外の玉依毘売が存在します

 

 神武天皇へ繋がる系統の玉依毘売は古事記の所謂【日向神話】の女神です。

 日向神話とは古事記全体の部分で言うと【天孫降臨~日向三代(神武天皇までの三代の系統)】の部分です。天皇家の故郷に纏わる神話と言い換えても良いでしょう。

 

 しかし玉依毘売――たまよりひめ、という名前を持つ女神は他にも存在します。それは日本書紀釈日本紀に登場するのです。基本的に神の妻としての立ち位置で、新たに神を産んで次の系統へ繋ぐ存在です。名前は玉依姫命など、表記が違います。このように【たまよりひめ】は複数の場面で登場するのです。

 

 これにより「【たまよりひめ】とは固有名詞(ただひとつを示す名)ではなく普通名詞(一般的・共通的名)である」という説も出てきています。要するに神に仕え、神霊(魂)が依りついて婚姻を結ぶ役割=【巫女】の名は総じて「たまよりひめ」である、という具合です。神霊が依りつく巫女・たまよりひめにはそれぞれに真名があって、それぞれが別の女神/人物であった、そう考えると辻褄は合います。※例えば、鵜葺草葺不合命を世話した玉依毘売と、鵜葺草葺不合命と婚姻を結んだ玉依毘売はそれぞれ別の女神であった、という具合です。

 

 また、いろいろな神社さんで「玉依毘売/玉依姫命」などの名で御祭神として祀られていることもありますが、一緒に祀られている神々が結構バラバラなんですよね。鵜葺草葺不合命なら日向神話系統であると分かりますが、他の神々だと何故だろう? と思ってしまいます。例えば下鴨神社などのケース。と言いつつ、実はそれも上記の件で解決します。

 

 ですので玉依毘売という女神は「神霊を依りつかせる女神」である、という解釈と同時に、それぞれの神話で役割を担う別々の女神であるのです。

 ただし、玉依毘売の姉・豊玉毘売についても同じではないかと思うのです。玉は海神の宝珠である真珠であると同時に神霊の魂でもあります。美称である豊でその部分を強調していますから、「優れた宝珠の姫」という意味を含みつつ、やはり「神霊の姫」=神霊が依りつく姫という役目も果たす巫女なのでしょう。神話の中で一度だけの登場とはいえこちらも一般名詞であった可能性はありますし、玉依毘売と二人で巫女として何らかの役割を果たしていた、そんな想像も働きます。そもそもこの二柱の女神は天津神(高天原に住まう神々)から続く天皇家の血統へ繋がる重要な立場を持ちますので、かなり重要な女神と言っても過言ではないでしょう。

 

 

 

玉依毘売のご利益。

 

子宝
安産守護
豊作豊漁
商売繁盛
開運
方位除け
悪病災難除け

水難除け

 

 わたしたちにとってどれも大事なご利益ばかりです。

 全て神話の内容から導き出されたものでしょう。安産から子育て、縁結び、良縁成就、商売繁盛、事業発展、各種災難除けなど、どれも「ですよねぇ」って感じですから。シンプルに言えば〈災難を退け、幸運を後押ししてくれる〉女神と思えば大丈夫、なはず! 加えて、一緒に祀られている神々のご利益と合わせてお参りするとよいかも知れません。例えば下鴨神社は玉依毘売と「賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)」のお名前が並んでいます。賀茂建角身命は八咫烏である、という説があるからか「道案内(導き)」や「勝利」をもたらすとも言われていますよね。だとすれば、賀茂建角身命に先導されつつ、玉依毘売に後押しして貰えると考えても差し支えないはずです。例えば「今自分が進みたい道がある。そちらへ行きたいから是非お力添えをして欲しい」などを誓う、願うのに最適な神社さんでしょう。

 

 さて、ここで思い浮かぶのが古代の祭祀・政の形です。

 以前から繰り返しておりますが「女性は呪力(神霊の巫女及び男性を護る)で祭祀と政をし、男性は実行することで祭祀と政を行う」わけです。玉依毘売の【神霊を依りつかせる】役目を鑑みると、合祀されている男性神の組み合わせこそがそれを表しているように感じられます。……ていうか、古代から男性は女性に護られている、ということっすね。ええ。ですから、玉依毘売をお参りすることで女性は「自分が持っている力・才能を伸ばしつつ、周りを護るご利益」を得られるかも知れませんし、男性はご利益によるバックアップを望める……とか考えられますね。

 でもまあ、そういう感じで行かずとも、玉依毘売がいらっしゃる神社さんへ足を運ぶだけでオゲ! な感じっすよ。割と行くだけで気持ちよくなるのが神社さんですからね。普通にご挨拶をすれば勝手に(!)いろいろ整います。きっと。

 

 わたくしがお薦めしたいのは「神社さんへ行く、拝殿で大小問わず周りのことをお願いしてから自分のことも〈よろしく!〉して、のんびり境内を散策し、もう一度お礼を述べてからご飯やおやつを食べに行く」ってパターンで御座います。もちろん神社さんの後は食べる・飲むの他、お買い物(ウインドウショッピング含む)でもいいですし、人に会いに行くでもいいですよ。きっとね。

 

 世はゴールデンウィーク。

 晴れた日でも雨天でも神社さんへ行ってみることをお薦めします。

 それぞれ違った表情と空気を見せて頂けますからね。

 で、もしその神社さんに玉依毘売がいらっしゃったら、「神霊を依りつかせる女神様」とか思い出して下さればいいかと存じます。

 かしこ。

 

YAMAHA謹製! チューナーアプリ 『Tuner for Guitar』。

 

 YAMAHAさんからチューナーアプリが提供開始されました。

 

 

 

『Tuner for Guitar』

 これがまた良いッ!

 しかし流石だぜ。YAMAHAのギターヘッドだぜ……。

 今回は緊急! って感じに少々紹介してみます。

 短めのエントリなのでよろしくー。

 

 

 

チューナー問題。

 

 ぶっちゃけチューナー(チューニングメーター)って、初心者にとっては余計な出費になりかねないんですよ。ギターやベースなど楽器本体や消耗品にお金を使っちゃってからチューナー、それも精度が高いものを入手しようとすればするほどお値段が上がっていくという。

 で、結局買わずにチューニングがズレようが何だろうが放置して弾きまくり、音感がおかしくなった結果、下手糞になる。はい。わたくしのことです。

 

 だから初心者のウチにチューナーできちんとチューニング。そして徐々に耳で合わせられるようになるのがベストです。いや、高精度チューナーを使い続けるのもありですけれども!

 

 そんな初心者のため、と言わんばかりのスマホアプリが登場しました。

 YAMAHA『Tuner for Guitar』がそれです。

 ギター専用で、エレクトリック&アコギに使えます。

 スマホの内蔵マイクで音を取る方式です。

 なんてったって、無料アプリですからね。導入のハードルが低い。

 おまけに「YAMAHA Music ID」に登録する(これも無料)と、クロマチックチューナー機能まで使えるってことで至れり尽くせり。

 

 スマホを持っているギター初心者なら、迷わずインストールだッ!

 

 

 

精度はどうなん? あと使い方。

 

 精度はなかなかよろしい感じ。

 ええと。【事前に高精度のチューナーでチューニング済みのギター】を使ってアプリでチェックしてみたところ、きちんと音程が合っていました。

 それだけではなく、そこから6弦のみをわざとズラしてみましたが、それもきちんと認識します。おお。これははよいものだ。

 各種設定でピッチ変更や変則チューニング、他いろいろ「痒いところに手が届く」設定ができます。完全にプレイヤー目線の設計がされているアプリですなあ。わたくし、変則チューニングもよく使うので嬉しい機能盛りだくさん。

 

 で、ギター以外でも使えるかも。例えばヴァイオリンとか。

 ただ、8弦ギターの超低音弦側はやや計測が厳しい(下記の方法でも)。

 あくまで6弦ギター用なんですね、このアプリ。

 YAMAHAさん、ここは改善して下さい。8弦モード希望!

 

 と言いつつ。

 スマホの内蔵マイクで音を取ってもなかなかの精度を出してくる辺り、流石です。ただ、やはり微妙に不安定なときもございます。それに、多分周りの雑音に影響されていることも予測されますね。まだ実験はしておりませんが、その可能性が高いかも。

 

 そんなときは、ギターやベースのボディに『Tuner for Guitar』を起動したスマホ筐体を直接くっ付けてチューニングするといいです。音を認識する早さも、安定度もが上がりますから。 

 

 例えば「アプリを開いたスマホの画面を上に向ける。ギターを構えた状態でそのままスマホの側面をボディに付け、フィンガリングする方の指でプルオフして狙いの弦を鳴らす」或いは「ボディ側面、ギターを構えたとき上面に来るところへアプリを開いたスマホを置いて、各弦を鳴らす」、いう感じ。ただスマホ落下には注意して下さい。スマホ筐体やカバーによっては滑り落ちますから。自己責任でお試し下さい。もしこれでスマホが落ちて壊れても当方は一切の責任を持ちません。ええ。はい。わたくし、落としましたから……。うわぁああ。でも壊れなかったヨ。低い位置でカーペットに落下だったからダネ。

 

 しかしこれで無料アプリか。

 初心者でチューナーがない人以外、例えばチューナーを忘れたときに使うと便利だろうなあ。スマホは常に持ち歩くし。

 

 

 

お薦めアプリだよ、『Tuner for Guitar』。

 

『Tuner for Guitar』はお薦めアプリです。

 まだチューナーを入手していない、これから楽器を始める初心者はこのアプリで最初から正確な音程で練習できます。これで耳を鍛えて下さい。

 初心者じゃない方は、チューナーを忘れた、或いは取りに行くのが面倒(!)ってときにこのアプリを使ってみてもいいはずです。精度が高いので割と便利に使えますし、変則チューニングなどに活用可能ですからねぇ。

 どちらにせよギターをしている人に一度試してみて頂きたいアプリ、かな?

 これからアップデートも繰り返されることでしょうから、更に使い勝手が良くなるでしょうし、新機能も追加されるかも知れないですし。それ含めて期待大の音楽アプリのひとつですよね。

 

 ともかくお薦め! ありがとう、YAMAHAさん!

 

 

 

 そしてYAMAHAさんは他にもいろいろなプレイヤーのためのアプリを開発しているので、そちらも是非チェックしましょう。

 

 

始末 ―― 44分間の奇跡。

 

 剣聖・ダグラス・カイエンの大まかな「事情」は表紙で解説されました。

 そちらはご覧頂くとして……。

 よくよく考えてみたら確かにそうだなあと思うコトしきり。

 

 カイエンの腕にある紋様と懐園剣(雌)に興味を引かれながら本篇へ進みます。

 しかしこの姿、何となくアララギ・ハイト味が入っているような。

 

 さて、ネタバレが厭な方はここまで。

 んで、わたくしの予想は僅かに合っていることもありますが、大半が外れていますなあ。なので予想という名の妄言、感想と思ってくだせえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残された時間。

 

 周囲のGTMを一掃した後、カイエンのシュペルターはスイングの冷却を開始します。※花の詩女でも見られたもの。今になって思えばあれをアニメーションで目に出来たことはまさしく僥倖であります。

 

 シュペルターの姿はまさにアマテラスのGTMだと思わせるものです。

 前回から引き続き、真の姿はこうだったのだと納得すると同時にところどころに残った意匠から、原型となったMH・シュペルターとその元となったウォータードラゴンの姿に思いを馳せてしまいますねぇ。

 またカイエン+アウクソー+シュペルターの勇姿もこれが見納めかと思うと……。

 

 カイエンはアウクソーに語りかけます。

「けどよー! 死んだときにエラソーなヤツらが44分くれたんだ」

 アララギ・ハイトになっていたカイエンはその人生を「厳しい」と表現します。カイエンはハイトであり、ハイトはカイエンである。同一人物であるが故の記憶。卒塔婆=アララギ・ハイトですから、ある意味死したカイエンを供養/心残りを解消するための【カイエンの姿】だったのです。心残りと言えば、神となったマキシの心残り、マザーズへの……っていうあのシーンが蘇りますね。マキシにとってもアララギ・ハイトは卒塔婆だったのでしょう。

 

 そしてこの瞬間、カイエンは元のカイエンの姿を取り戻した。残されたハイトの記憶と共に。ということは神々が与えたものとしても、ハイトにはハイトの人生があったということです。カイエンは死んだ瞬間にハイトになり、カイエンの記憶は封じられた。そしてその辛い人生を(擬似的にせよ)歩まされたのでした。これまで超帝国剣聖でAFの一部能力すら引き継いできた上、高身長・高収入・超美形のモッテモテの人間が、騎士だとしても最下層の能力を持つ者=不遇な存在に変更されたのですからそりゃ辛い人生ですよ。神々のエスプリが効きすぎ。

 ともかく「ハイト=カイエン」であることに間違いはありませんが、この辺りは神々の匙加減だったのですねぇ。だから例えハイトという人物が消え失せてしまってもそれはカイエンの消滅でしかなく、この星団からその存在が失われるだけのことです。諸行無常。この辺りは神々が行う時間次元を超えた介入なのです。

 FSSは神話でおとぎ話ですから、我々の常識は通じません。

 それでもね、ハイトだった時期のカイエンの反応・行動それは「カイエンの感情、思い」であったことは変わりないのですよ。だってハイトはカイエンなんだから。消え失せるハイトが可哀想というのは我々世界の人間の感覚でしかありませんし、逆に言えばハイトはカイエンとしての人生を全うしたと言ってもいいはずです。

 

 そしてカイエンは元に戻った瞬間、全ての記憶を取り戻します。

 大仕事をさせるために与えられた時間。44分間についても。

 ※ただし、この大仕事をさせるために、は現時点でのカイエン視点である事に留意されたい、ってところです。

 

 残り30分程度。

 アウクソーはその事実にショックを受けます。

 つかの間の喜びから叩き落とされた、といえるでしょう。

 

 

 

カイエンの息子たち。

 

 カイエンの息子達、デプレとマキシは突如として現れた「シュペルター」に違和感を覚えます。「異常だ」という風にです。騎士としての視点で見た動きもですが、本能的な何かもあったのでしょう。そしてマキシに戦い方に似ている、とも。

 

 カイエンはカイエンで「これまでマキシがやってきたこと」が頭に流れ込んでいました。デプレの記憶を含めていないことがポイントで、この44分間の奇跡を進言した存在=神となったマキシの後悔が原因でしょう。だからマキシを理解させるために記憶の流入+αをしている。そしてこれはこの後のストーリーにも無関係ではないと思われます。

 

 カイエンはデプレとマキシ――息子達への通信回線を開かせます。

 ※ミースたちにはすでに回線が開いておりますので、そちらにも音声は伝わってオリマス。ええ。ここポイント。

 デプレは自分の父親とすぐ認識しました。そしてカイゼリンのコンコードも同じく「声紋分析」を含めて理解します。

 マキシは声すら聴いたことがないのですが、それでも何か感じたことがある模様。思うことではなく、感じたことと書いた方が表現として相応しい、かな? マキシ曰く、自分と同じ動き=剣聖・カイエンだ! と。その表情から読み取れることはありません。

 

 その裏っかわで何やらワチャワチャしておりますが、これも重要なポイントがいろいろ含まれているのでチェックしておきましょう。バッハトマのAFたちのこと含め。んで、アンヨ(太腿とそれから上かしらね?)大好きなカイエン。足首好きのアイツ(エストの足首に拘泥しているアイツ)がカイエンを気に入らない理由はここにもあるのか。そして女子高校生は安全ピン! 

 

 しかしカイエンの息子達は復活した父親から直接声を掛けられますが、娘・マグダルはどうなっているのか? 何らかの形でカイエンとコンタクトを取るかも知れませんね。そうじゃなきゃいけない気もしますし。物語的に。

 

 

 

カイエンの決意。

 

 カイエンはマキシのことをこう理解しています。

「(マキシは)壊れファティマ」だと。

 超帝国の剣聖二人の子・超帝国剣聖そのもののカイエンの遺伝子に、クローム・バランシェが人生全てを掛けて研究していたAF/ファティマ・MAXIMUM、ミースとアウクソーのマザーズからフィードバックされた遺伝情報――全てが合わさった存在がマキシですが、その本質はファティマに近いモノである、と。

 しかしダムゲートコントロール/プログラムすらされていないマキシは制御不可能なAFなのに、剣聖の力を持たされていた。AFは人間を超えた存在だったからこそ、星団法で雁字搦めにされて、人のコントロール下に置かれなくてはならない。そんな生命体なのに超帝国の剣聖の力まで組み込まれてしまったマキシ。

【剣聖の力を持つAF・マキシ】がアンコントローラブルな存在であることはミースも理解していました。

 

 カイエンは自らの手でその命を絶ってやろうとします。

 それが自分の責任であり、44分間与えられた意味、大仕事の目的。

 「アウクソー頼むぜ。これまでで最強の敵だ」

 「弱ったもんだワ……」

 と口にしつつ。

 カイエンは超帝国剣聖であるが故に、ジョーカー太陽星団では本気を出しません。唯一超帝国剣聖であるマドラにのみ「本気のスカート捲り」して失敗、敗北しています。しかしそれも殺そうとしての行動ではありません。殺すつもりなら、もっと別の戦い方をするでしょう。有無を言わせず最小の手数で消滅させるくらいの。相手がクズの騎士・ジイッドだろうが超帝国剣聖だろうが、無関係に。

 今回はマキシ、超帝国剣聖AFを殺すため、カイエンはアウクソーとシュペルターを伴った初めての本気戦闘をする決意をした、といっても過言ではないはず。

 もしかするとマキシのほうが強いのか。それとも手加減なしのカイエンはそれすら凌駕するのか。もしかしたらお互いのGTMが破壊された後(シュペルターの最後がどうなったか分からないもんなあ)、生身の懐園剣・雄雌で斬り合う展開もあるかも。それどころかGTMでの戦闘中に【時空転移、プラネタリウェポンとして懐園剣・雄雌がそれぞれ巨大化、GTM同士で&MBT撃ち合ったりして】……なんてねぇ。ありそう。いや、あるかもしれんぞ! 懐園剣は単なるプラネタリウェポンでもないし。あ。でも雄剣はタイカ宇宙で、雌剣はジョーカー宇宙でしか抜けないのなら……マキシが雌剣を雄剣で受けられず、一方的に斬られるって展開もなくはない。この辺り、凄い展開が待っているかもなあ。

 

 でも、マキシとカイエン、同じ存在なんですよね。

「超帝国剣聖の遺伝子を持ち、AFの借り腹を経てAFの遺伝情報をフィードバック、アップロードを行い産まれ落ちた存在」

 違うのは胚が人間の受精卵か、作り出されたAF・MAXIMUMであるかどうかだけ。カイエンは〈超帝国剣聖同士の性行為によって受精したもの。受精卵〉がセントリー経由でクローム・バランシェの手に渡り、AF・クーンの子宮を使って生まれた【人間】ですからね(このルートの途中で何らかの手が入った可能性はありますが)。

 

 

 

マキシ、その存在。

 

 しかし、ここまで読んでもマキシが壊れファティマと思えないんですよね。

 壊れファティマという言葉は「元々正常だった機能が後天的に壊れたファティマ」を指すと思います。ダムゲート制御やアークマスターへ刃向かったことなどで起こる〈心とプログラムのせめぎ合い〉による精神崩壊、或いは物理的にAFとしての演算能力などを失った状態です。もし最初から仕様がおかしかったAFなら「設計ミス、仕様案件を満たしていない製品」になりますよね?

 それにカイエンは知っています。ダムゲート制御されていないAFを。

 自分のパートナーであるマザーズのひとり「クーン」

 クーンの妹たち「運命の三女神」、その「アトロポス」

 彼女たちはダムゲート制御を意図的にプログラムされていないAFです。それでもAFとして壊れていません。GTM制御も可能です。ただしダムゲート制御は全く仕込まれておらず人間の命令は基本的に聞かなくてよい存在であり、超常の存在に一歩足を掛けている生命体でもあります。ただAFの本能であるマスターシステムだけが残っているようですね。自分が認めないとパートナーとしないというもので、本来のAFの場合と違う可能性が高いですが。

 

 ダムゲート制御がないだけでは「壊れファティマ」にならないことをカイエンは知っているはずなのです。それなのにこんな言葉で表現する。これもまた神々の横槍なのか。それともカイエンの本心なのか。それか「人間が制御できない戦闘兵器は不良品」という意味で「壊れファティマ」とシンプルに表現したのか。

 

 またマキシの狂走と、その表情変化について「過度の筋肉反射でしかない。感情がない」とカイエンは斬って捨てます。マドラは「マキシの暴走は我々超帝国騎士の感情暴走とは違う」と理解していたこともここでハッキリしました。感情暴走は喜怒哀楽のどれかが突出して肥大化し、抑えきれなくなったその感情にただ従うかの如く暴れ回るような状態、でしょうか。マキシには感情がないので、単なる反射のようなものなのかなあ。目の前に〈あるモノ〉は好き放題壊し、犯してよい程度の存在とか。それこそ母親たちだろうが、関係者だろうがお構いなしに。血や剣に反応して暴れ回ったのも単なるきっかけに過ぎないようですし。

 しかし――このマキシと似た存在は我々は知っています。

 そう。アマテラスです。

 アマテラスは感情がありません。その表情・反応は全て経験から導き出され、その場の最適解として演じられた「作り物」なのです(クローム・バランシェの死でアマテラスは哀しみを覚えたと母・アマテラスのミコトは言っていますが)。劇中でも言葉と表情が乖離しているシーンが時々見られます。

 しかしアマテラスとマキシ。実は似た存在なのか。それとも違うのか……。

 

 カイエンは「あいつは人間であって人間ではないファティマの特性を持つ人造超人だ! その思考は根本的に人と異なる!」と断じます。

 そして「残念だがマキシを”人間”にしてやれるヤツはどこにもいない」

 

 基本的にAFは騎士より弱い存在です。

 だから、騎士は壊れたAFが人を傷つけ殺そうとしたときに止めることができます。しかしマキシを物理的に止められるのは星団中だと極僅かです。それらがマキシが止めるまで、どれくらいの被害が広がるか分かりません。その間、彼が無辜の命を一方的に奪い、騎士やAFを大量に殺害し、GTMすら破壊していくのは目に見えています。

 だから、そんなことになる前に自らの手で葬ってやるのが親の勤めだ、そうカイエンは決意します。まるでそれが自分にしかできない仕事だと言わんばかりに。

 アウクソーは30分でいなくなるカイエンへの思いと、自らの子「マキシ」への思いがあるのか、悲壮な表情を浮かべていますが……。

 AFは人類を超えた存在ですが、やはりまだ人間なのです。

 マキシとは違って。

 

カイエンVSマキシへ。

 

 次回、コミックス19巻発売特集と同時にカイエンVSマキシ開始です。

 マキシのヒトエフタエはここで大破することは決まっていますが、それは本当にそうなのか。それともマジでぶっ壊されてしまうのか。

 

 ところでこのAF、ダムゲートコントロールされていないあのコだよね?

 AFスーツの特徴的なデザイン、肩部分のセパレートされた構造……。

 彼女はマキシのヒトエフタエに乗っている? アトラス、S.S.L/ソリッド・ステート・ロジックじゃない、あのコが乗っているとしたら。

 アトラス/S.S.Lは魔導大戦にマキシのパートナーとして参戦……ってのは【予定】なので、ここもミスリード狙っているのか。

 ということはこの後、カイエンの歴代パートナー全てがやってくる奇跡も起こるのか!? いや、あるかもしれないぞ。

 

 因みにカイエン歴代パートナーですが、ここもトリックが含まれているような。まだ若い頃のカイエンはクーンに「僕の子を産んで!」と迫っていますが……あれ、実はまだ完全なパートナーではなかった時期であります。ていうかあのカイエンの外見だと下手したら我々の世界のティーンズですよね。それもかなり下の年齢の。

 ハイアラキの【最初の剣聖在位】は2809年まで。カイエンがクーンをパートナーにしたのが2810年から(クーンはダムゲート制御されていないので、同時に複数の騎士に使えた可能性もあります。ハイアラキがまだ最初の剣聖の時代、そのときにカイエン同時進行で、と。でクーンがカイエンの正式な1stパートナーになったのが2810年という展開も予想できます)。ハイアラキから剣聖と共にクーンを受け継いだのがこの頃と考えるのがベターでしょうか。ぶっちゃけ、ハイアラキが「童貞の筆下ろしからMH(当時)の~」って言っていますから、何らかの理由でクーンが年若いカイエンの初めての女性となったのでしょう。まあ、ハイアラキが「おい、カイエン。俺様のクーンに筆下ろししてもらえ。あ? 別にいいぞ。俺がお前くらいの年にはなあ……あ。サロメは駄目な」とか何とか命じてそうな気もしますが。FSSのモラルは我々の世界と違いますし、更にAFは人間に服従する存在。とはいえクーンは違うのですが、【ハイアラキをマスターと認めてしまっていること】でその命を聞いてしまったのか、AFの本能で【超帝国剣聖であるカイエンに反応してマスターとしてしまった】のか、或いは【我が子へ母としての思いから間違った/歪んだ母性本能が生じたのか】、どれかがあったのかも知れません。

 もちろんその前のパートナー二人との関係も未だ謎を孕んでいます。

「カイエンのために生まれた、AFとして未完成なアウクソー」を真のパートナーと認識したという点・理由も含めて。

 

 そして……うーん。

 神となったマキシと神々は「マキシを葬れ」という意味でカイエンを使わしていないと思うんですよ。カイエン自身が神々の意思を理解していない。それか時限式か何かのタイミングで神々の真の目的が記憶に流入する。例えばマキシを人間にするか、それとも更に超常の存在とすべくスイッチを入れるためのキーとするのか。どちらかじゃないかなあ。

 

 で、その方法は

1)マキシを人間にする存在が現れる

 マキシがマスター認証する人間/相手が出てくるとか。まさかね。

 でもないともいえないのがFSS。

 

2)マキシを一度殺して再構成する

 カイエンの手で殺させた後、そのカイエンと同じく再生時にバグ取りしてからマキシを再構成。神になるための覚醒スイッチを入れる。表面上はこれまでと変わらないのでオッケー。心残りもこれで大丈夫だ!

 

3)カイエンとマキシの融合

 44分間が終わる寸前、超帝国剣聖でAFの因子/遺伝子を持つ同士の存在の融合。

 カイエンがマキシを殺すことで始まる奇跡。

 カイエンはマキシの中に存在し続ける。純血の騎士/人間の因子として。

 これこそ44分間の奇跡である……とか。

 神様の真の狙いはこれじゃないかねぇ。デプレはカイエン似ですが、マキシは超帝国剣聖であったカイエンの父であるアッサラム・スキーンズ似だとか。ん? 隔世遺伝? ていうかそれって。7人の剣聖と十曜の守護者……? んんんん? ここまで含まれてる?

 カイエン+マキシ+アウクソー(分離体)が……とか。あ。下参照で。

 

4)アウクソー(分離体)とマキシの融合

 アウクソーは分離してエトラムルと……って、もしかしたら、ってこと。

 エトラムルではないアウクソーはAFとして足りない何かをマキシに獲得させるためのキー。マキシをマスターに、ってのも実はこれとか。アウクソーはとにかくどういう形になってもAFとして生き続ける存在ですし、彼女自身が特殊なAFですからねぇ。そもそも名前の元ネタである女神は「成長させる女性」とも。マキシを成長させる女神・アウクソーかしら? やはりFSSは神話ッ。

 でも、カイエンとアウクソー(分離体)がマキシと融合してもええんじゃね? 7777年のアマテラスとラキシス融合からの天照大神みたいに。

 ジョーカー星団での【マキシ】の完成であり、タイカ宇宙へ行く前段階の剣聖・マキシ誕生のきっかけという。

 まさに44分間の奇跡! 十葉の守護者として顕現!

 と書きつつ「超常の存在に立ち向かおうとしていたアルセニックとクローム親子」に受精卵だったカイエンが預けられたことにも何らかの意味があるのでしょう。

 しかし「残されたもの」か……。

 

5)複数AF+αによるマキシへプログラムインストール

 マキシにないダムゲート制御の代わりのプログラムをAFたちを使いインストール、アップデート。それである程度「人間らしくする」とか。バッハトマのAFすら巻き込んで、っていうパターンかなあ。そもそも「完全情報共有体オーバーマインド」ですからね、AF。マキシがファティマ因子の強い存在なら……ね? ヘッドコンデンサ、ヘッドキャパシタもありませんがナントカする! かもしんない。
 

 この辺りかなあ。

 カイエンの存在そのものが神々のためであった。

 だから三回死んで、三度蘇った(カイエンに似た存在のマキシもまた、その道筋をなぞるかの如く幾度が死ぬ運命が待っている気がしますが。44分間の奇跡を含めて。次元回廊……はどうなんだろ。あれは死にかけ?)。この流れが必要なことだったのだろうし。

 そして歴代パートナー。これも何らかの意味があるはずです。

 あとは、カイエンがマキシを人にするという可能性もまだ残っています。融合やそういった意味ではなく、何らかの方法を持って。この辺りはまだまだドラマが隠されているのでしょう。

 

 44分間の奇跡も大詰め。

 全能神・カレンの介入を逃れ、アウクソーが何故「シュペルター」の名を覚えていたか。この謎もそろそろ開示されるタイミングとなりました。

 ここから魔導大戦の終結へ一気に物語が流れていきます。

 来月、超帝国剣聖同士の常軌を逸した戦いが始まりますが、ヨーンくんVSデコースを思わせますね。因縁の決着ではありませんが、血縁の決着。

 

 そして「44分間の奇跡」って、本当に様々なマザーズの物語だよね。

 本当に凄い構成。流石永野護センセ。

 

 とりあえず急いで書きましたが、また気付いたことがあったら書き足します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ドルアーガの塔』の思ひ出と。

 

 Nintendo Classicsで配信が始まった『ドルアーガの塔』

 

 

 アーケードからファミコンに移植され、その後も各ハードで遊べるようになりました。ファミコンのソフトはナムコ(ナムコット)からでしたねぇ。隔世の感。

 

 あのゼビウスを世に送り出した遠藤雅伸氏が作り上げた本作は「余っているマッピー基板を償却し、更に開発コストを下げる」ことが目的のスタートでした。

 ……なんて話は当時のわたくしに知る由もなく。

 ただ単に「おもしれー!」って宣いつつ、ハマリにハマってプレイしていたのでした。とはいえ流石にそんなに長い時間遊べませんでしたし、まだバッテリーバックアップも搭載されていませんでしたから、だいたい1時間内でいけるところまで行って、スイッチオフでしたけどね。特別に長時間プレイできるときだけクリアできていました。だから攻略本にある「○○階の宝箱は○○すると~」「○○階の宝箱は取らなくて良い」なんかの情報は確認する時間を短縮するために暗記(ゲームをしていないときに熟読していた。本を読むのなら叱られないしー)。しかし宝箱の出し方、今は全く覚えていません。今回4階くらいまで記憶だけで宝箱が出せましたけど……。

 

 

何でまたそんなにハマっていたのか。

 

 上に書いたように、基本「Floor1から登れるところまで行って、時間が来たらスイッチオフ。翌日もFloor1から飽きもせず延々繰り返して遊んでいた」のですけど。

 では何故そんなにハマっていたのか。

 そもそも『ドルアーガの塔』の面白さとは何だったのでしょうか?

 

1)世界観にハートアタックされた

 ドルアーガの世界観はある意味王道のファンタジーです。

「封印された悪魔が復活。悪魔に囚われたヒロインを助けに行くヒーロー」という図式ですから。ジブリ(2馬力時代?)にもよくあるものですね。悪魔を敵対する相手のボスと見れば分かるでしょうか? 『未来少年コナン』や『ルパン三世 カリオストロの城』『天空の城 ラピュタ』で見られる構造です。

 殊ゲームというものはプレイヤーに「ゲームを遊ばせるための明確な目的」が設定してあると没入感が高まります。その目的を果たすために困難を丁寧にひとつひとつクリアしていく。動機とゲームプレイが一致している=プレイヤーとゲームの一体感が生まれますからね。そのために複雑な導入は要らないんです。例えば上に書いたように「ヒーローがヒロインを助けに行く」。様々なゲームにも使われているこのシンプルさが故に、プレイヤー自身がプレイに入り込み易くなる、とも言い換えられます。

 現代のゲームは複雑なプロットの上に成り立っているように思えますが、実は単純な構造であることに変わりありません。面白いゲームや映画、ドラマ、コミック全てに共通するのは「単純な構造であるが故にユーザー側に対する求心力が高く、かつ、その単純さから生じる隙間に様々なサブテーマを含ませる余裕を作り出すことができている」ことです。どうです? 覚えがあるでしょう?

 

 話を戻しましょう。

『ドルアーガの塔』は更にメソポタミア神話という要素も絡めてきます。

 神話というのは古代から伝わっているだけあって普遍的なものです。普遍的だからこそ、新しい物語の骨子にし易い。そして我々日本人にとって他の国々の神話は目新しいものであり、また、日本神話との共通性から実に馴染みやすい部分もあります。

 だからこそ「シンプルなヒーローとヒロインの物語+異国の神話」という『ドルアーガの塔』のストーリー導入に心を掴まれるのです。

 

『ドルアーガの塔』がファミコンへ移植された後、『スーパーマリオブラザーズ』が出ました。更に翌年『ドラゴンクエスト』が誕生します。

『ドルアーガの塔』『スーパーマリオブラザーズ』『ドラゴンクエスト』この流れは日本のゲームにとってかなり重要だったのではないか、とわたくしは思います。

 

2)ゲームシステム

『ドルアーガの塔』のゲームシステムもシンプルです。

 基本「制限時間内にフロアの鍵を入手、扉を開いて上階へ進む。最上階にいるヒロインを助け出す」、ですから。

 ここに「隠された宝箱を探し」「ヒロイン救出のためのアイテムを集めつつ」「自分の操作キャラクターの強化を行う」という要素が加わってきます。

 RPGと見まごうような……否。ほぼ同じと言っても過言ではありません。

 RPGとは「ロールプレイングゲーム」の略で「ロールプレイ(役割を演じる)ゲーム」の略です。ゲーム中、自分が操作するキャラクターは(個別に名前とキャラクター設定がされていても)自分自身であり、演じる役・主人公です。

 この「主人公を演じる」ことと『ドルアーガの塔』のゲームシステムは実に相性が良かったと言えます。ゲームをプレイするだけで【プレイヤーは各フロアごとに宝箱を出す方法に悩み、実行する困難に見舞われつつもそれに成功し、ヒロインが待つ塔の上階を目指す】というロールプレイが完成しているのですから。

 加えて【アイテムを取る/強化されたことをプレイヤー側がダイレクトに感じ取れる】ことも特筆すべき点でしょう。最初のアイテム「カッパーマトック」を入手することで、通路の壁を破壊できるようになります。複雑な構造の塔を攻略するのに使えますから、回数制限があっても便利です。次に「ジェットブーツ」を履くことで移動速度が2倍になると、探索や敵への対応方法が激変していきます。

 このように「最初の操作感や不便さが解消されていく」ことで「ゲームの物語も進行させる」と同時に「プレイヤーへのご褒美(操作感や強さへのフィードバック)」を与えていくのです。また、知らず知らずに画面下に増えていくアイテムのグラフィックを目にすることでも、自分がどれだけの冒険をコナしてきたか否応なく実感させられます。そしてそれはある種の快楽、快感に結びつくのです。

 優れたゲームはこれら「ゲームシステムと物語の進行、ユーザーへのご褒美」のバランスが素晴らしいのですが、『ドルアーガの塔』はまさに理想的でしょう。

 

 

 物語の登場人物になりきる行為とゲームシステムの融和が、プレイヤーに押しつけることなく自然に成り立っていること。これが『ドルアーガの塔』の楽しさのひとつです。

 

3)難易度

 ゲームの難易度調整は匙加減が難しいものです。

 簡単にすればすぐにクリアされて飽きられますし、極度に難しくすればプレイヤー側に嫌気がさしてリトライする気力が湧きません。しかしクリアを楽に何度もできるようなソフトが悪いと言うことはありません。クリアまでの道筋やクリアしたときの結果が面白ければ何度も遊ばれます。また極度に難しいゲームも経験を積めばクリアできるかもしれないという「希望」をきちんと示しておけば皆は自身のスキルアップを目的にしつつ、躍起になってプレイしてしまうでしょう。

 難易度というのはユーザーへの挑戦でありつつ、顧客を如何に満足させるか、という「相反しつつもバランスを取らなくてはならない」必須科目なのです。

 

『ドルアーガの塔』はノーヒントでプレイにするにはとても難しいゲームです。

 宝箱の出し方。敵との戦い方。各操作の特性。アイテムの効果。ZAP(クリア寸前に条件を満たさない/ミスをすることで下の階へ落とされる)されないための要素。

 これらを理解していないと到底塔の攻略はできません。

 アーケード版は皆で情報を共有してクリアしていったと聞きます。それも地域関係なく情報が伝播して、日本全国に広がっていたようです。

 ファミコン版移植時は攻略本が出て、それを活用することができました。

「え? 宝箱のヒントやZAPの条件を知ってプレイしたらつまらないんじゃない?」

 確かにそうかも知れません。

 しかしそれを上回るのが「宝箱を出す/フロアクリアの快感」なのです。

 ハッキリ言ってしまえば、項略本があって、各要素を知っていてもクリアが厳しいんですよ。『ドルアーガの塔』。

 塔の構造、自キャラの出現位置、敵の配置、鍵と扉の位置――全てがプレイする度に変わるので、条件によってはかなり苦労を強いられることがあります。

 

例えばマジシャン・Wizard系は「自キャラが柱を通過すると出てきて呪文を放つ」ので、動かなければ出てきません。※誤りです。 マジシャン系はランダムに出現します。これらが放つ呪文は盾で防がなくてはなりません。が、マジシャンと同時に他の敵がこちらへ向かってきた場合、動かない=剣を出さずに棒立ちだとやられてしまうので、盾を横に構えて剣を突き出し交叉接触しないといけなくなります。しかしその状態だと動くとWizardが出てきて呪文による遠距離攻撃や置き炎(呪文が飛んだ先に立ち上る炎。ファイヤー系呪文)などが飛んできて対応が苦しくなることも多く起こってしまうのです。このように戦闘が辛くなることも度々起こります。一応対策として【剣を突き出した状態だと盾の面が横に向くので、「横方向に出てきたマジシャンの呪文を側面盾で受けつつ正面にいる敵と接触交叉」】という戦術も取れます。が、それでも捌ききれないことも多数。テクニック勝負な瞬間は何度も訪れるのが『ドルアーガの塔』です。

 

 更に宝箱を出す方法そのものが【プレイ難度を上げてくる要素】になっていることもあるので、それへの対応に手こずることも多く起こります。各種情報を知っていても、毎回プレイフィールは変わるので飽きることがありません。

 

 そんな難攻不落な塔を1フロアずつ確実に攻略しながら、最終的にヒロイン・カイを助け出すために孤軍奮闘をする。

 まさにゲームを楽しんでいる瞬間の連続です。

 だから面白いのです『ドルアーガの塔』は。

 

 

 

Nintendo Classicsだからこそ。

 

 今回『Nintendo Classics』で配信が始まった『ドルアーガの塔』。

 実は今だからこそ遊んで欲しいと思います。

 今だからこその要素が加わっていますので。

 それは「Save可能」であることと「巻き戻し機能」です。

 時間のない方はSave機能を使えばいつでも何処でも何時でも再開可能ですし、ミスをしても巻き戻し機能を使えばなかったことにできます。

『ドルアーガの塔』のコンティニューは、取ったアイテムは残りますが回数はFloor1からになってしまいます。それくらいなら巻き戻しをしてしまうほうが楽です。

 

 

 ただ、巻き戻した後は敵の出現位置や行動などが変わることがあります。「ここを左へ行くとあそこにいるスライムが下から……」と考えて近づくと、スライムは横へ動いていく、なんてことも起こるのです。

 ですので、巻き戻し→再開直後は注意しましょう。

 

 Nintendo Classicsの『ドルアーガの塔』はクリアしやすい機能が満載。

 今だからこそプレイして、ドルアーガの世界に浸って下さい。

 当時これがどれだけ面白いゲームだったかも確認できるはずです。

 是非、『ドルアーガの塔』へ突入してみましょう。

 

 

 

 急遽書いたので乱文、ご容赦下さい。(久田樹生)