立ち喰い。

 マナー的には下品と言われる立ち喰いですが、私、大好きです。

 現在は立ち呑み店も多くなりましたが、なんと言っても立ち喰い蕎麦。

 所謂、路麺ってやつです。

 それも、富士そばとか、小諸そばとか、箱根そばとか、駅そばとか、ざっかけないやつ。

 用事のついでに立ち寄って、さっとたぐって出ちゃえる手軽さもですが、あの独特の味を好むのです。

 しかし! 私、猫舌でして。

 立ち喰い蕎麦をささっとたぐる、なんて無理です。

 注文を受け取り、椅子に座って水を一口。

 箸を大きく使い麺を大量に持ち上げ、空気に触れさせて温度を下げます。

 そうして漸く食べられる……ってな流れです。

 周りを見ると皆さん、さーっと食べ終え、さーっと出て行きますな。

 これぞ立ち喰いの作法なのでしょう。

 それが出来ない私は、立ち喰いの不作法者です。

 

 不作法と言えば、オーダーでも少々行儀が良くないのが私。

 例えば、かき揚げも良いが、コロッケも捨てがたい。いや、ここはかけにして、カレーライスを合わせるか。いやいや、カレーより稲荷だよね、のように迷いまくります。

 おまけにどうみても「ささっとたぐって、ささっと出る」気がない。

 悩みに悩み、後ろに人の行列を作りながら券売機で購入したのは〈かき揚げ蕎麦、カレーライス〉というどんだけカロリー取るんだ、の取り合わせ。

 そして品物を受け取り、水を一口飲んで、麺を空気に晒して、食べ始めてすぐ後悔するのですよ。量が多いわ! って。自分で頼んでおいて。馬鹿かッ!

 あ。因みにカレーがカツ丼に変わることもあります。

 カツ丼でも「多いわっ!」と叫びますけれども。

 これは、立ち喰い蕎麦のメニューは魅力的なものが多いからなんですけどね。

 蕎麦なら「かけ」「かき揚げ」「コロッケ」辺り。

 どれもアホのように唐辛子を振りかけます。

 コロッケは箱根そばだとカレー味だったはずなので、特有の風味も足されて良い感じ。

 そう。上に乗るものは薬味であり、調味料なのです。立ち喰い蕎麦の場合。

 かき揚げ然り、コロッケ然り。

 揚げ油がツユに溶け出してきて、コク味が出ます。

 中の具は特有のフレーバーを加えながら、単調になりがちな食感を変えてくれるのです。

 そんなことを意識して食べるとまた味わいがグット深まります。

 あ。生卵は入れません。生臭いから。

 ご飯ものは「カレーライス」「カツ丼」「おいなりさん」辺り。

 もちろんセットではなく単品でも食べます。セットだとミニでも多いのです。

 カレーにつく赤い福神漬けは、見た目の点でも味の点でも程よいアクセントになって、非常に好ましい名脇役です。

 いやはや、立ち喰い蕎麦店は食のワンダーランドですな。

 

 でも、私、立ち喰い蕎麦を食べていると、何回かに一度、隣の人に声を掛けられます。

 それぞれ違う場所です。

「あ! ○○さん! 珍しいですねぇ、立ち蕎麦ですか?」人違いです。

「あれ? この荷物、あなたのですか?」違います。きっとあのお姉さんのバッグ。

「お財布、落としましたよ!」私のじゃないっす。しかし分厚い財布だわぁ。

 中には「いいっすねー、コロッケ蕎麦。僕もそれにすればよかったなァ」といいながら身を寄せてきて、こちらの丼をまじまじと覗き混む男性、とか。

 そのとき私の蕎麦は〈かけ〉でして、コロッケどころか、かき揚げすら入ってなかったんですが。

 相手は普通のサラリーマン的な感じで、どちらかと言えば好青年風です。

「いやぁ、コロッケ蕎麦、美味しいですよねぇ」なんて答えながら、行儀が悪いですが彼の目の前に置かれた丼を思わずチェックしてしまいます。

 ひと口囓ったコロッケが乗った蕎麦でした。

 

 うん。

 やはり、立ち喰い蕎麦店はワンダーランドだわあ。