駅は人と物語を繋ぐハブ。

 

 ――なんて、お澄まし顔で始めましたが、今回のテーマは「駅」です。

 生活や仕事に必要不可欠なもののひとつが駅。

 そんな駅に関する思い出があります。

 私、十代の頃に〈行く先を決めない旅〉をやったことがありまして。

 これが海外なら「おおっ!」というエピソードになり、自伝なんぞを書くときに「ハノイの熱い夜」とか「遙かに遠いヴァーラーナシー(ベナレス)」とか、そういうイカしたタイトルで各一冊ずつ! なんて書けますよね。

 ところがどっこい、国内でしたよ。この旅は。

 それも〈手持ちン万円持って、知らない路線を使い、気になる場所で下りて散策する〉という甘ーい設定でした。

 もちろん、寒くない夏に行うこと。更に、帰る為のお金がつきる前に撤収! なんて決めていましたから、サバイバル的な要素はひとつもありません。

 書けるタイトルは「種子島の熱い夜」とか「遙かに遠い屈斜路湖」とか、そういう方向になるのでしょう。

 それでも新しい駅に着く度、ワクワクしました。

 もちろん大小のトラブルもあったけれど、そんなものは些細なことでしたし、何より、経験値の少ない十代でしたから、全てが驚きに満ちていたからでしょう。

 それに、行く先々でいろいろな人に助けて頂いたこともワクワクの一助だったはずです。

「これ、け!(これ、食べなさい!)」とお婆さんにあんパンを貰ったり、ある場所で寝ていたら、ヤンキーのお兄さん方に心配されてスポーツドリンクを寄越されたり、人の温かさに触れる旅でしたから、これはこれでとっても楽しかった……はい。ときどき野宿していました。旅費節約で。

 夏だから蚊に食われるわ、熱帯夜は野外でも辛いわ、起きると身体は痛いわと体験しないと分からない事が多かったですねぇ。

 たまに駅近くのビジネスホテルに飛び込みで泊まることもありましたけれど。

 それは何故か?

 野宿する場所がなかったか、おまわりさんに叱られたから、だったはずです。

 ホテルに辿り着いて、真っ先に頼むのは「一番安いプラン、部屋で!」。フロントの方はこちらの様子を見て察するのか、本当にリーズナブルな部屋を用意して下さいました。

 でも、一度、最上階の広々ツインに通されたことがあって、そのときは訊きましたよ。いいのですか、ここが○千円で? と。

 だって、改装したばかりのような真新しい室内もですが、翌朝、窓から外を見たら、いい景色なんですよ。普通に泊まったらこの分だけでも値段が上がりそうなほど。

 そもそも日が暮れて辿り着いたとき、窓に明かりが点きまくっていましたから、宿泊客もそれなりにいたはずなんですよね。あんないい部屋が空き室で、それも格安だったのは、まさにラッキーでした。ここもやはり人の優しさなのですよね。

 ひとつだけ恩知らずな文句を言うと、夜の間、人の声が煩かったことくらい。

 壁が薄くて隣の会話が筒抜けだったのでしょう。男女がボソボソと何かを喋っているのは実に気になります。もうね、すぐ近くで聞こえている感じ。でも会話内容が分からない。が、まあ、すぐ寝ちゃったので問題なし。声で何度も起きたけれども、それもまた致し方なし。逆に朝には静かになったせいで、完全熟睡モードになり、起きたのがチェックアウト時刻少し前でした。

 慌ててチェックアウトしましたが、僅かに時間が過ぎちゃいまして。恐る恐るフロントの人に鍵を差し出したら、じっとこちらの顔を見詰めていたので、もう平謝りしました。でも「大丈夫ですよ! 大丈夫でしたか?」と逆に気遣いされてりして。でも、せっかくの心遣いを、と申し訳なかったことを覚えています。

 

 覚えていると言えば、旅の最後の辺りでしたか。

 夕焼けの中、ある無人駅のベンチでボンヤリ次の電車を待っていると、隣に誰かが座りました。

 相手は若い男性で、多分少しだけ年上。そして、とても痩せています。パーマを掛けていて、色白で、ボトムはサイズが合っていないのか、だぼだぼです。

 軽く会釈すると、話しかけられました。しかし、凄く訛っていて、私は何度も聞き返します。相手は苦笑いで何度も繰り返しました。

 お陰で会話が成り立ちます。

「どこへ行く?」

 分かりません、当てのない遊びのような旅です、と答えると、彼はコロコロ笑って、すっと煙草を取り出し、こちらへ勧めてきます。私は吸わないので、申し訳ないと断りました。また彼はコロコロ笑い声を上げ、一本煙草をくわえるとジッポーライターで火を点けます。オイルライターで点けた煙草独特の匂いが漂いました。

「これ、喰わない?」

 次に差し出されたのは、ガムでした。今度は厚意に甘え、ひとつ貰って口に入れます。

「俺、違反して、今、車乗れないんだ。だからこの駅に来たんだ」

 それは大変ですね、と返すと、彼は「ありがとう」とまた笑いました。

 それからいろいろ話しましたが、普通の雑談の範囲を出るものではありませんでした。

 ガムの味がなくなる頃、彼はベンチを立ちました。

「じゃあ」

 そのままこちらを振り返ることなく駅舎から出て行きます。

 結局、電車が来るまで彼は戻ってきませんでした。

 気になるものの、目的の電車に乗り、幾つ目かの駅で下車します。

 灯りもまばらな駅の前で、私の頭に何となく浮かびました。

(今回の旅はここまでかなぁ)と。

 

 私は今もいろいろな所へ旅をしています。

 空港や駅に降り立つ度に、ワクワクが押し寄せてきます。

 しかしそれは、あのときの旅のワクワクとは僅かに違う感触です。

 それでも私は旅を続けます。

 多分、今続けているこの旅は終わることがないでしょう。

 いや、終わらせられないんだろうなぁ……。