何を隠そう、歌が好きです。

 ド下手ですが暇なときはいつも口ずさんだり、鼻ずさんだりします。

 なので、常に歌を歌っているのですね。暇だから。

 何を歌うのかと言えば、ポップスだろうが童謡だろうが、何でもなのです。

 友人から聴かせて貰ったプログレとかジャズロックとかも。

 ただし、何語か分からないことも多いので、適当に覚えた歌詞で、ですが。

 例えば〈ぱすたー、ぱすたー、ぽなぺなぴゅー〉とか。

 コバイア語じゃないですよ? 多分……イタリア語? いや、本当にあるんですって。

 この〈ぱすたー、ぱすたー、ぽなぺなぴゅー〉を歩きながら口ずさんでいましたところ、すれ違った中学生が奇異なものを見る目を向けてきましたが、気にしてはいけない。いけないのですッ!

 

 で。私仕事柄、真夜中の心霊スポットで取材をします。

 そのときはおおむね、ひとり現場で待機です。

 何かが出てもいいように、地面にハンケチを敷き、静かに体育座り。

 真冬だと冷えが来てとっても大変なので、ハンケチの代わりに段ボールとか厚いものを敷き、新聞紙を身体に巻くのがベターです。生活の知恵。野宿のときも使えるぞ。

 

 んで、こういうときって、とにかく暇なんですよ。

 スマホを見たら周りが明るくなって出るものも出なくなるかも知れないし、ヘッドホンで音楽も聴けない。もちろん、いくら暇でも歌えないわけです。

 そもそも、暗がりの中、ハンケチの上に体育座りをした人間が〈ぱすたー、ぱすたー、ぽなぺなぴゅー〉なんて歌っているのを何かの間違いで誰かに目撃されてご覧なさい。新たな怪談の一ページを生み出すことになりかねません。

 ただたた、ひとり物言わず虚空を見つめる他ないのです。

 でもですねぇ、あまりに暇すぎて、何度か寝落ちをしたこともあります。

 そういうときって、夢を見るんですよねー。耳元で呼ばれたり、肩を叩かれたり、何処かから誰かが睨んでる……みたいな感じのものです。

 あー、夢だなぁと思って、起きますが、そんなときは大概身体が冷え切っておりまして、大変不愉快な気分の目覚めです。

 だから、野外で寝落ちはお薦めしません。

 

 そのようなスポット取材ですが、何度か肝試しするグループに驚かれたことがございます。

 ある冬の時なんて、二組のカップルと出くわしましたが、彼らは腰を抜かしかけまして。

 そりゃそーだよ。照明から離れた暗がりにいるンだもン。体育座りが。

 しかし! このままだと、ネットに新たな体験談が書かれてしまうことは想像に難くありません。彼らに猛アピールですよ。

 生きた人間ですッ! 善良な一市民ですッ! 足もありますッ! 私はいい人ですッ! みたいな感じですね。うん。嘘は言っていない。

 そのお陰か、あちらもようやく落ち着きを取り戻し、会話が出来るようになります。

 落ち着いてから気づきましたが、まあ、とってもオサレでイケメン・美人のカップルたちでした。

 どうもスポットの噂を聞いて、真冬の肝試しをしよう、となったらしく。

 どんな噂かを訊くと、どうも私が調査した内容と違います。人々の間で囁かれる間に変化したようです。

「こんなところで、おひとりでなにを?」

 逆質問をされましたが、そんなときのため、あらかじめ答える内容を決めています。

 星を、見ていました――と。これでごまかせます。曇りの日は、うん。まあ、そのときのノリで。雨の時は、人は来ませんから除外。

 

 そのうち雑談になって、最後は服と靴の話になりました。

 こういうところに高いヒールの靴で来たら駄目よ-、危ないよー、物理的に危険なとき逃げられないし-、とか、危ない連中も多いから、女の子を連れてきたら駄目よー、とかそんな流れからだったと記憶しています。

 ある程度打ち解けたあと、彼らはお礼を言いつつ帰って行きました。

 見送りながら、再びハンケチの上に体育座りを再開。

 時計は午前一時過ぎ。更に冷えてきて、おしりが氷のようです。

 それでも我慢しておりましたが、流石にギブアップ。帰途につきました。

 そこで漸く、歌も歌えるようになったので〈ぱすたー、ぱすたー、ぽなぺなぴゅー〉と口ずさみながら。

 

 はい。これを読んで心当たりのあるカップルお二組。

 あの冬の夜、あそこのスポットで体育座りをしていたのは私です。

 星を見ていたなんて嘘ついて、サーセンでしたッ!

 ……あれ? このエッセイ、タイトル〈「う」そ〉でよくなかったかい……?