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愛で全ひとつになったのは、
自発的な全ひとつです。
自発的な全の厳しさは、
自分を信じるという厳しさです。
自分を信じるということは、
人も信じます。
この厳しさは自由、平等です。
純粋なる厳しさは自由、平等です。
純粋なる厳しさとい
うのは、
愛の厳しさです。
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●油と水が混ざった(o^-^o)●
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【一守多神で人生を送るか、
一神にして多神で宇宙と
ともに役割を果たすか】
私たちの仲間がやることは、
本当の平和とは何か、
自由とは何か。
本当の自由を理解したときは、
一神にして多神ですから、
私たちは
それぞれの顔が違いますから、
いまの私たちの顔で
しかできないこと、
それぞれの役割が
しっかり果たせる
ということです。
私たちが
一神にして多神に
ならなければ、
それぞれの役割の
役割という大事な肉体をもって、
多神の体をとっていても、
握っているようでは
多神になりません。
一守
多守になります。
一守多守で人生を送るのか、
一神にして多神で、
この顔で
私のやらなければ
ならない
役割を宇宙ともに果たすのか。

一神と多神となった場合は、
多神ですから『我は宇宙なり』。
われ宇宙はこういう形をとって、
この形で宇宙は
全ゎたしの役割を果たしましよう。
それは一人一人が一人一人を本当に
愛する、大切にする。
この形の世界でいうと、ありがたい、愛さえあれば、です。
このありがたい、愛さえあればを
一人一人がハートで実感できたときは、この宇宙は本当の幸せ、
みんなが手をつないで
笑い声が絶えない、
そういう世界に必ずなると思います。なると思うのではなくて、
私たち一人一人が大事な役
割がかかっています。
離れているものはないですから、
一人欠けてもダメです。
今、51億人が全部
『われ宇宙なり』と
宣言する時が来たということです。
一人一人が良い悪いをつけなかったら、
自分の顔に必ず自信が持てます。
そうしたら、
この顔は一つしかない、
俺はやるんだ、
とみんなが本当に
一神に多神で
愛することができます。
そうしたときは、
差別とか比較とか競争という
無知なものはすべて終ります。
どうかみなさん、
本当に良い悪いをつけないで、
自分を好きになる。
一つしかない顔ですから。
一神が無限であれば、
多神は無数にあるのです。
その無数は
すべて無限だということです。
同じものがないということは、
裏を返せば
全部が無限だということです。
全部が神だということです。
それを理解することが、
私たちの今世の役割です。
理解したときには、
すでに行為、
行動が同時に行われています。
一神に多神です。

神は恩返しをしてくれとは言いませんが、醜い、人が泣く世界、人が苦しむ世界、人と人が争って人を傷つける世界、そういう世界は神は望んでいません。それは私たちの大きな勘違いから生まれたものです。私とあなたは離れている、という勘違いです。離れていれば必ず私とあなたはどちらが偉いか、となります。そしてそれは、形をもったもの、大きなお金を持ったものが力があるという世の中になったのです。それは、もう終わらせる時が来たということです。
過去という、ワタシが正しいというエネルギーは終わりました。後は未来が終わります。今日から私たちは本気になって、今を
一生懸命生きる。きれい事ではありません。本気で、私たちはこの体を宇宙のために、みんなの幸せのために使うときが来たということです。
山田耕榮ライブラリNO104『愛する』より抜粋
2003年10月11日(土)
東京笹川記念会館にて
