服を選ぶことは人生を選ぶこと

服を選ぶことは人生を選ぶこと

骨格診断をきっかけに、
「似合う/似合わない」という判断が
どこから生まれるのかを考えるようになりました。

このブログでは、
服を入口にしながら、
服選びを“正解探し”にしないための、
視点や考え方を書いています。

骨格診断をきっかけに、
「似合う/似合わない」という判断が
どこから生まれるのかを考えるようになりました。

このブログでは、
服を入口にしながら、
服選びを“正解探し”にしないための、
視点や考え方を書いています。

フレームアナリーゼのMALIKAです。

 

 

今日は「迷うこと」について考えてみます。

 

 

 

外出の前や

 

旅行に行く前や

 

結婚式・発表会など

 

公的な場におよばれしたときなど

 

何を着ようか「迷う」とき

ありますよね。


その時間は、

そのときにピンとくるお洋服がないときには

憂鬱のタネではあるものの


少し楽しいものでもあります。

どれにしよう?

どっちがいいかな?

そんなふうに選んでいるとき、
私たちは、イメージを広げています。

着ていく場面や、
そのときの気持ちや、
過ごす時間のこと。


そして


美味しそうなレストランで
メニューを見て迷うときや

旅行先を考えるときにも

いくつかの選択肢がある中で、


どれにしようか考える時間は、


どこか心地よいものですよね。

それは、

「選べる選択肢がある」


という「豊かさ」の中にあるからだと思うのです。



でも…

 

迷う時間が長くなりすぎたときには
少し様子が変わってきます。

どれがいいのか分からない。


決められない。


何を基準にしたらいいのか分からない。

そうなってしまうと

迷うことは楽しい時間から、
疲れる時間へと変わってきます。


もうだいぶ昔の話になりますが

 

骨格診断を初めて知ったときに


私は、なんと!

「似合わない服」と
「似合わない服」の間で


迷っていたという自分に気づいたのです。



それに気づいたときは、本当に衝撃でした!!!


と、同時に、

悩んでいた自分が可笑しくて

笑ってしまいました…

 

その後は

 

似合っているから

好きだから

など


「理解した上で選ぶ」

という明確な基準が生まれたことで、


「選ぶこと」は

 

以前よりもずっと楽になりました。


そもそも


迷うこと自体が悪いのではなかったのです。



どこを基準に選ぶのかが
見えなくなっていること

 

基準があることも、

それを探そうともしなかったこと

 

それが

悩みの原因で本質だったのです。




「選べること」は、


本来とても自由で、
豊かなことです。


迷えるということもまた、
その中にある一つの幸せなひととき

なのですよね!

 

それを

「悩み」と捉えるのか?

「幸せ」な時間と思えるのか?

 

 

自分に基準の軸があるのか

 

ないのかで

 

違ってくるのです。

 

 

 

フレームアナリーゼのMALIKAです。

 

 

 

このブログでは、

今着ている服の違和感や、
なんだか最近、服が選べなくなった

 

そんな「こころの小さな引っ掛かり」を

入口にして

今どんなフェーズにいて、
どこに向かおうとしているのか?

そんなあれこれを

言葉にしていく過程について
書いています。



過去に

これまで

似合う服選びのレッスンに

ご相談に起こしくださった方々も

最初は
「何を着たらいいか分からない」
という話から始まります。

話しているうちに、

服の相談は実は「仮の姿」で

本当は、これからどうしたらいいんだろう?

どういうあり方でいたいのか?

 

自分(無意識)は変わりたいと思っているのに

どう変わったらいいのか言葉にできていない

 

そんな不安や葛藤が

服に投影されている

 

そんなことが多かったです。

家族の成長だったり

会社や職場での立場や

急な生活の変化

 

そんなことがあると


これからの方向性

どこに向かっていけばいい?

なんとなくこのままでは良くない気がする

でもどう考えたらいいんだろう?


まだ言葉になっていない

隠れた想いなど…

 

本当はこうしたい

 

けど

 

上手くいかないよね?

私には無理だよね?



そういう気持ちに蓋をして

気づいてないことにしていたりとか。

 

お話を聞いていると

言葉の端々から
少しずつ見えてくることがあります。

 



服を整えることと、
生き方が整っていくことは、

 

静かに…

見えないところで…

確実に。

つながっています。


OFFICE・MALIKA

は来月の3月で15周年キラキラキラキラ拍手拍手

 

私が初めて骨格診断を知ったのが2010年の春。

 

その翌年には

同じように悩んでいる人の役に立ちたい!

と思って始めたのですが

早いものですね!


骨格診断のおかげで

似合う服はなんとなくわかった!

でも、なんか違う?

そう感じている人もいますよね、きっと。

 

診断は「ただのツール」なので

どう生かすのか?で

全然違ってきますねウインク

 


「服と生き方の整理」という形で、
個別にお話しをする時間をつくりました。

乙女のトキメキ服と生き方の整理セッション乙女のトキメキ

服の違和感、

似合う服がわからない、選べない自分に、
今の自分の位置や流れを整理していく

そんな時間です。

一緒に言葉にしながら

行く先の輪郭を見つけていく対話の時間です。


ピンクハートこのような方にピンクハート


黄色い花何を着ても、しっくりこない感覚がある

黄色い花選ぶことが難しくなっている

黄色い花以前の基準が合わなくなってきた

黄色い花生活や役割が変わり始めている

黄色い花そろそろ整理したいと感じている




このような場合は向かないかもしれませんアセアセ

クローバー似合う服だけを知りたい

クローバー具体的なコーディネート提案を求めている

クローバー短時間で明確な答えが欲しい



概要

形式:オンライン
時間:90分
料金:22,000円
募集:3月セッション 3名

必要なタイミングが来たときには
思い出してくださいね。

 

 

 

 

 

フレームアナリーゼのMALIKAです。

 

今日は頭の中で考えることのお話です。

 

 

 

一人で考えているときと、
誰かに話しているときとでは、
出てくる言葉が違うっていうこと、

ありますよね?

 

私はよくあります。



頭の中で考えるときは

 

自分の認識として

「わかっていること」

「知っていること」

「理解できていること」

 

それらが頭の中で

グルグル回っている状態

それらを言葉にしようとすると
曖昧になったり、
同じところを行ったり来たり…


今の状態をなんとかしたいな

もっと前に進めたいなと思うと
真面目な人ほど
一人で考え続けます

 

でも、目の前にある

現実をこなしていくためにも

 

一時的には思考停止するしかないので

ちゃんと整理してからにしよう、
もう少し考えがまとまってから動こう!

そう思っているうちに
時間がどんどん過ぎていきます。

 

そして
「決断できない自分」に

「その場に留まり続けていること」に

がっかりして疲れてしまいます。

でもそれは、
考える力が足りないからではないのです。

きっと視点を変える方法が

まだ見えてないのです。

思考の整理をしたり

方向性のヒントがみつかるかどうかは

能力や努力ではないのです。

どこで
どんな状態(気持ち)で
考えているか

↑これに
左右されることが、とても多いです。


頭の中だけで考えるのと、
誰かに向かって話すのとでは、
使っている回路も違います。



服の相談をきっかけにお話ししていて
同じことがよく起こります。

「何を着たらいいか分からない」
という話から始まっても

話しているうちに、

最近の生活のこと
変わり始めている環境のこと
本当は気になっていた違和感

そんな話が、自然と出てきます。

じぶんでも気づいていなかった

「気持ち」

「想い」

 

それらが
言葉になる瞬間があります。

それはたぶん

話せる「場」があったから
なのでしょう。


一人で抱えていたときには見えなかったものが、
言葉にする前提の場所で


少しずつカタチとなって

言葉に置き換わります

 

言葉になると

それを動かすことができるのです。

一人で考えてうまくいかないとき
「もっと頑張れ」というサインではありません

 

気持ちの整理に
「想い」をノートに書くのもひとつです。

 

文字を書くという行為が

「客観的に考えるきっかけ」

「視点を変えるきっかけ」

になります

または
考える場所を
変えてみるのもいいですね。

 

場所が変わることで

浮かんでくる言葉も変わります。

このブログも、
そうした整理の途中に、
ふと立ち寄れる場所であるようにと思って書いています。

気になること

心に留まることがもしもあったら

それは、
今、何かが動き始めている

合図なのかもしれません!

 

 

 

 

いつも

お読みいただきありがとうございますニコニコ

 

 

 

 

フレームアナリーゼのMALIKAです。

 

今日は話すことについて書いてみます。

 

乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ

頭の中では、
「だいたい分かっているつもり」のことがあります。

何に悩んでいるのか。
なぜ決められないのか。
どこが引っかかっているのか。


でも、
それを誰かに説明しようとした瞬間、
言葉が止まることがあります。


「あれ?」
「私、何が言いたかったんだっけ?」

そんなふうに。

 



一人で考えているときは、
考えている「つもり」になっているだけで、
実は同じところをぐるぐる回っていることも少なくありません。


それは、
考えが浅いとか

思考を放棄しているとかではなくて


自分のことほど、
自分では見えにくいからなのです。


誰かに向かって話してみると、
不思議なことが起こります。


話しながら、
自分の言葉を自分で聞いて、

「あ、私、本当はこう思ってたんだ」

と気づく瞬間があったりします。

 



お洋服の話をしていても、
同じことがよくあります。

「何が似合うか分からない」
「選べなくなった」

という話をしていたはずなのに、
話しているうちに、


今の生活のこと

最近感じている違和感

これからの不安や、期待


そんな話に、自然と移っていきます。


それは、
服がきっかけで、
本当は別のところにあった思いが、
言葉になり始めているからなのかもしれません。


書くことも、
話すことも。


どちらも、
「答えを出すため」というより、

自分が何を考えているのかを、
自分で知るための行為

なのですね。


一人で考えているだけでは、
どうしても見えないところ。

誰かと話すことで、
初めて輪郭がはっきりしてくることがあるんです。


だから私は、
「話す時間」や
「言葉にする時間」を、
とても大事にしたいと思っています。


このブログも、
その延長にある場所。

読んで、
少し考えて、
「あ、これかも」と思うところがあれば・・・


それは、
何かが動き始めているサインなのかもしれません。

 

 

 

 

 

フレームアナリーゼのMALIKAです。

 

 

はじめましての方へ
そして、これまでセッションを受けてくださった方へ、改めて。



このブログでは、
「服」を入口にしながら、

その人が今、どんなフェーズにいて、
これからどこに向かおうとしているのか。

そんなことを、言葉にするお手伝いをしています。



私は長く(2011年3月から)、
骨格診断や服のアドバイスの仕事をしてきました。



でも、たくさんの方とお話しする中で、
ずっと感じていたことがあります。

それは、

ダイヤモンド「服の悩みは、服だけの問題ではないことがほとんどだ」

ということです。



服の違和感は、人生のフェーズのサイン

 

服の違和感は、

人生の乗り換え時期であり

違うフェーズへの移り変わりのサイン

であることが、とても多いと感じています。

ダイヤモンド「何を着ても、しっくりこない」


ダイヤモンド「前は選べていたのに、最近よく分からない」


こういう感覚は、
単に好みが変わったとか、年齢の問題とか、
そういう話ではないことがとても多いのです。



ダイヤモンド生き方のフェーズが変わり始めている

ダイヤモンドでも、まだ言葉になっていない

だから、いちばん手前にある「服」に、
違和感として先に出てくる。

私は、そういう場面を、何度も見てきました。

 



私がしているのは「診断」ではなく「整理」


そういうときに、私がしているのは、
「診断」ではありませんでした。

「整理」です。

私は、
似合う服を「決める」人ではないと思っています。
(選ぶお手伝いはします)


骨格や服の知識も使いますが、
それは「答えを出すため」ではなく、
その人自身の状態を「整理」するためのツールとして使っています。



ダイヤモンド今、どこに立っているのか

ダイヤモンド何が終わりかけているのか

ダイヤモンド何が始まりかけているのか



それを一緒に言語化していく。

そうすると不思議と、

 



ダイヤモンド服の選び方

ダイヤモンドものの決め方

ダイヤモンド日々の判断

が、少しずつ楽になっていく方がとても多いのです。



このブログについて


このブログは、

ダイヤモンド似合う服を探す場所でもなく

ダイヤモンド正解を教える場所でもなく

「自分の感覚を取り戻すための、静かな整理の場所」

だと考えています。

 



読んで、
少し立ち止まって、

「あ、これ私のことかも」と
思ったところがあれば、
それは、何かが動き始めているサインかもしれません。

 

 

 

乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ

 



個別セッションについて(ご興味のある方へ)

現在、
「服と生き方の整理セッション」という形で、
個別のご相談を準備中です。

これは、

ダイヤモンド服の違和感

ダイヤモンド選べなさ

ダイヤモンドなんとなくのモヤモヤ

を入口にして、
今のご自身の現在地と、
これからの方向性を整理する時間です。



(募集については、追ってご案内します)

 



おわりに

このブログが、

何かを決める場所ではなく、
自分に戻るための場所として、

あなたのどこかに引っかかってくれたら、
とてもうれしく思います。

 

 

フレームアナリーゼのMALIKAです。

 

「似合う服が分からない」
「何を着ても、しっくりこない」

こういう相談を、これまで何度も聞いてきました。

でも長く見ていると、
だんだん、別のことを感じるようになりました。

それは、

「服が似合わない」という悩みは、
本当の悩みそのものではないということ。

 

そんなお話の続きです。

 

 

はじめに

 

「似合う服が分からない」
「何を着ても、しっくりこない」

こういう感覚は、多くの人が一度は経験していると思います。
でもたいていの場合、

「ああ、これは私には似合ってないな」

と、その場で終わります。
落ち込むことはあるかもしれませんが

 

ただ「服の問題」として処理されます。

 


今日は、その「そこで終わってしまう感覚」について

少し違う角度から考えてみたいと思います。

 



「似合う、似合わない」は、結果



「似合う」「似合わない」は、
何かを見たときに出てくる結果(判定)です。

でも、その結果が出る前には、
必ず、もっと手前に別の状態があります。

もし、

自分がこの先、何をしたいのか

「私はこれがしたい」

「こういう自分でありたい」

そうしたことを、
いつでも即答できるくらい、
自分の中ではっきり言葉にできていたとき

服は「悩む対象」にはなっていない

のではないでしょうか。


どんな自分でいたいのかが見えていれば、
自分にふさわしい服は、
たぶん「選ぼう」と意識しなくても、
ちゃんと手に取っている。

(または、服など全く気になっていない)



流行を追いたいとき

今流行の服や、人からよく見られそうな服

を着ているとき

「なんだか、しっくりこないな」
「似合っていない気がするな」

そのくらいの

はっきりしない感覚で終わることがあります。

そして多くの場合、
そこで考えるのは「服」のことだけ。


でも、もしかしたら。

そこで引っかかっているのは、
服そのものではないのかも。

自分のことが、少し分からなくなっている

どう在りたいのかが、少しぼやけている

いくつかの「こうかもしれない自分」が並んでいる

そんなとき、
そのズレが、いちばん手前にある「服」に、
先に出てくることがあります。

 



「やりたいことをやっていない自分」と重なるとき

すでに、

本当は、こうしてみたいと思っていることがある

でも、まだやっていない

あるいは、見ないふりをしている

そんな感覚が、どこかにあるとき。

その状態と、

「似合わない服を着ている自分」

が、どこかで重なって見えることがあります。

 

 

そんなときに

「似合う服が選べない」

という感覚は


「ダミー」のような形で出てくるのです。

 



経験してみないと分からないこと


何かが好きかどうか。
それが自分に合っているかどうか。

それは、
頭の中で考えているだけでは

分からないことが多いのです。

やってみて初めて、
「あ、違った・・・」と分かることもある。

それは失敗ではありません。


確かめられた

確信を持てた

というだけのことなのです。

 



おわりに

「似合う服が選べない」という感覚は、

いままで来た道が間違っていた

ということではありません。


「この先は、少し別の方向かもしれない」

という
 

服を通じてやってきた

 

静かなサインなのです。



はっきりした言葉になる前に、
「あれ?」という

説明できない違和感として


まず服のところに出てくるのです。



服は
そのことをいちばん手前で教えてくれる、
とても分かりやすい入口です。

 

 

服の不思議

 

そして

服を通じて

自分らしさや

本当にやりたかったことが

見えてくるのです。

 

 

 

 

フレームアナリーゼのMALIKAです。

 

今日のお話は、必要な方に

 

ちゃんと伝わるといいなあと思いながら書きました。




はじめに

骨格診断は、
とてもよくできた仕組みだと思います。

体の特徴を整理し、
服選びの指針を与えてくれる。

実際、
迷っていた人が楽になる場面も、
たくさん見てきました。

それでも私は、
骨格診断には
「これが絶対の正解」というものはない、
と考えています。

今日は、その理由について書いてみます。

 

 



骨格診断は「当てるもの」ではなく「助けるもの」



骨格診断というと、

正しいタイプを当てる

間違えないように分類する

というイメージを持たれることが多いかもしれません。

もちろん、
アドバイザーは真剣に、慎重に見ます。

でも本来、
骨格診断は

「あなたはこれです」と決めつけるためのものではなく、
「選ぶときの考え方を整理するためのもの」

だと、私は思っています。

「今のあなた」を映している、という感覚

同じ人でも、

置かれている環境

仕事

生活リズム

心の状態

によって、


体の使い方や、出てくる雰囲気は変わります。


実際、
長く同じ仕事をしていると、
その仕事に合った体の使い方が
少しずつ表に出てくることもあります。

だから私は、

「この診断は、今のあなたの状態を
ひとつの角度から見ているもの」

くらいの感覚で、
捉えるのがちょうどいいと思っています。



変わる可能性がある、という前提

人は、

考え方も

生き方も

選ぶものも

変わります。

最初に「これがやりたい」と思ったことを、
途中で変えてもいい。

やってみて初めて、
違うと分かることもある。

それは、
悪いことではなく、
ちゃんと生きている証拠だと思うのです。



もし人が変わるなら、
「似合う」の感じ方や、
選びたい服の方向が変わっても、
不思議ではありません。


それでも、骨格診断は役に立つ

ここで、
ひとつ大事なことがあります。

「正解がない」と言っても、
骨格診断が意味がない、
という話ではありません。

むしろ逆で、

考えるための材料になる

視点を増やしてくれる

迷いを整理してくれる

とても良いツールです。

ただし、


「従うもの」ではなく、
「使うもの」として。

 



おわりに

骨格診断は、
あなたを縛るためのものではなく、
あなたが選ぶための道具です。

だから私は、
そこに「絶対の正解」は置かないでいたい。

今の自分にとって、
何がしっくりくるのか。

その感覚と一緒に、
使っていけるものだと思っています。

 

 

 

 

フレームアナリーゼのMALIKAです。

 

みなさま

 

あけましておめでとうございます

 

2026年もどうぞよろしくお願いいたします

 

 

今日は、突然感じる「服の違和感」についてのお話です。

 

 

 

 

はじめに

家を出るときは、
「まあ、いいかな」と思っていた服。

でも、
ショーウィンドウに映った自分を見たときや、
あとから写真を見返したとき、
ふと、違和感を覚える。

「なんだか変だな」
「似合ってない気がする」

そんな瞬間、ありませんか。

 



その感覚は「違和感」



そのとき感じているのは、
実は「似合わない」という判断ではなく、
違和感なのだと思います。

・何が悪いのかは分からない

・でも、しっくりこない

・説明しようとすると、言葉にできない

だから私たちは、
とりあえず
「服が似合っていない」と
言ってしまう。

 



違和感の正体は、ズレ



この違和感は、
服のデザインや色だけで生まれるものではありません。

・中身と外側のズレ

・思考と行動のズレ

・願っている自分と、今の在り方のズレ

そうした小さな不一致が、
見た目の印象として、
ふと表に出てくる。

それを、
私たちは「違和感」として受け取ります。



自分では気づきにくい理由

この違和感は、
自分ではとても気づきにくいものです。

毎日見ている自分の姿は、
もう「見慣れている」から。

家族や親しい人に対して、
服の違和感を感じにくいのも、
同じ理由です。

逆に、
赤の他人が見たときに
「ん?」と感じることがあるのは、
その人にとっては
ズレが新鮮に見えるから。



「似合わない」という言葉に置き換えられるとき

違和感をそのまま
「違和感」と言うのは、
少し難しい。

だから私たちは、
分かりやすい言葉として
「似合わない」を使います。

でもそれは、
服を否定したいからではなく、
説明できない感覚を、何とか言葉にした結果
なのかもしれません。



違和感は、悪いものではない

違和感があるからといって、
間違っているわけではありません。

むしろそれは、

何かが変わり始めている

今の自分に、少し合わなくなってきた

次の段階に進もうとしている

そんなサインであることもあります。



おわりに

「しっくりこない」と感じたとき、
すぐに答えを出そうとしなくても大丈夫です。

その感覚を、
少し立ち止まって眺めてみる。

違和感は、
自分を責める材料ではなく、
自分を知る入口なのだと思います。

 


乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ

 

服の話をきっかけに、
こうした感覚を、
少しずつ言葉にできたらと思っています。
 

 

 

フレームアナリーゼのMALIKAです。

 

今日は
なぜ「正解を知っても服選びは楽にならないのか」

 

というテーマのお話です。

 

 

はじめに

骨格診断で似合う服はわかった。
流行もある程度は知っている。
年齢やTPOも一応は考えている。

それなのに、
服を前に、なぜか決められない自分がいる。
「これでいいのかな…?」と、手が止まる。

「正解」なら、
前よりたくさん知っているはず、なのに?

今日は、
その理由について考えてみたいと思います。

 



判断材料が増えるほど、迷いは深くなる

服選びが楽にならない理由のひとつは、
判断材料が外に増えすぎていることにあります。

骨格診断ではこう

今の流行はこう

周りからどう見えるか

年齢的にはどうか

どれも間違っていないと思います。
それどころか、きちんと考えています。

でも、
判断軸がすべて「外側」にあると、
最後に決める場所がなくなってしまいます。

「即答できない自分」
「決められない自分」が苦しくなるとき

服を選ぶ場面で
こんな気持ちになる。

なんで私は、いつもこうなんだろう

(すぐ決められないんだろう…)

みんなはもっと簡単に選んでいる気がする

自分にはセンスがないのかなあ

この苦しさは
服そのものよりも、
「判断できない自分」へ向けているのかもしれません。

本当は、
選べないのではなく、
「どこを基準にしていいか分からない」だけ

判断軸が外にあるままだと起きることなのです。

判断をすべて外に委ねていると、

正解を探し続ける

人の意見で揺れる

昨日よかった服が、今日は不安になる

という状態が繰り返されます。

これは、
情報が足りないからではないのです。

自分の中の基準が、

まだちゃんとした「言葉になっていない」
それだけのことなのだと思います。




服選びは「決断力」の問題ではない

ここで、ひとつ大事なことがあります。

服選びが楽にならないのは、
優柔不断だからでも、
決断力がないからでもないのです。

むしろ、

ちゃんと考えて

納得して選びたい

自分をごまかしたくない

そう思っている人ほど、
迷いやすいのです。

外の正解から、内側の基準へ

骨格診断や流行は、
本来、判断を助けるためのツールです。

でもそれが、
「従うもの」になってしまうと、
選ぶたびに、苦しくなります。

少しずつでいいので、
「問い」を 外から

自分の内側に戻してみます。

私が安心を感じているときに着ていたのは

どんな服だった?

今日は、どう在りたい?

誰の目ではなく、自分の感覚はどう?

こうした問いの先に
判断の重心が自分に戻ってきます。



おわりに

正解を知っても服選びが楽にならないのは、
あなたに問題があるからでなく

それは、
「自分の基準を探し始めているサイン」
なんです。


このブログでは、
骨格診断や服の話を入り口にしながら、
判断が少し楽になる視点について書いています。

急いで答えを出さなくても、大丈夫です。
迷いながら考える時間も
そこに意味があるのですから

 

 



 


フレームアナリーゼのMALIKAです。
お久しぶりです。
今日は、『似合う服が選べない』は、本当の悩みではない
をテーマにお話ししていきますね。


はじめに
「似合う服が分からない」
「何を着ても、しっくりこない」

そんなふうに感じているとき、
多くの人は
「自分のセンスがないから」
「診断を受けても分からなかったから」
と思ってしまいます。

でも、もし――
それが本当の悩みではないとしたら?


そんなお話です。

「似合う/似合わない」は結果にすぎない
服を前にして迷っているとき、
私たちは「似合うかどうか」を基準にしています。

骨格診断、流行、年齢・・・
人からどう見られるか??

判断材料は、もう十分すぎるほどあるはずなのに、
それでも決められないんです。

それは、
判断力が足りないからでも、
情報が足りないからでもありません。

「似合う/似合わない」は、
実は結果なのです。


悩みの正体は、自己不一致

多くの場合、
迷いの正体はここにあります。

こうありたい自分

実際に選んでいる服

日々の行動や生き方

その間に
わずかな
ほんの少しのズレが生まれています。

自分でもはっきり言葉にできない

「なんとなく違う」
「しっくりこない」

という感覚だけが残ります。

それが、
「似合わない」という感情として
表に出てくるのです。

だから、そんなときは
責めなくていいんです。

服が選べないとき、
私たちはつい、
「自分がダメだから・・・」
と思ってしまいがちです。

でも本当は、
自分の中に、
まだ言葉になっていない「想い」があるんです。

何を大切にしたいのか
どんな自分でありたいのか

それがまだ、
はっきり形になっていないだけなのです。

だから、
迷って当然なのです。


服選びは、思考と生き方の延長にある

服は、
「今の自分」を映す、とても正直なもの。

だからこそ、
少し立ち止まって
考える時間が必要なときもあります。

正解を探すより

自分に問いかける

そのプロセスの先に
副産物のように

「似合う服」が見えてくることがあります。

おわりに

「似合う服が選べない」と感じたとき、
それを自分の欠点のように
思わなくて大丈夫です。

むしろそれは
自分の内側に目を向ける
タイミングなのかもしれませんよ。

このブログでは、
骨格診断やお洋服のお話を入り口にして

「判断が少し楽になる考え方」について書いていこうと思います。

もし、
ひとりで考えるのが少しつらいなあと感じるときは、
誰かと一緒に整理するのも、
ひとつの方法です。


星現在、個別相談を準備中です。
 ご案内できるようになりましたら、ブログ内でお知らせしますね。)