20年ぶりのサンフランシスコ | YUUのフーディーズダイアリー

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食べるシーンには、音楽、アート、会話があり・・・・・・

決して皿の上の料理だけでは語れない魅力が溢れています。

ここでは、私が仕事やプライベートを通して、出合ったこと、感じたこと

をつれづれに綴っていきます。


goldengate チーム・ジャパンの料理人の皆さんは、CIAで仕込み。私は、NYのパートナーシップを組んでいるThe Hall Companyのスティーブンとの打ち合わせ&ご飯のため、SFへ。丁度SFへお店の視察に行きたいという楠本さんにレンタカーをしてもらい、便乗。スティーブンとの打ち合わせは、夕方だから、まずSFのホテルにチェックインして、楠本さんの視察ツアーにご一緒させてもらった。

20年ぶりのSFへ。何をしても楽しかった、恋にも遊びにも一生懸命だった自分が懐かしいなぁ。あのままカリフォルニアに根をおろしていたら、私の人生はどうなってたんだろう・・・???

ほんのちょっとセンチメンタルな感情を隠しつつ・・・SFの街並みにキョロキョロドキドキ。

サンフランシスコは、私の人生にとって、本当に意味深い街。16歳の時にヨットで太平洋を航海し、63日振りに見たのは、彼方に見えるカリフォルニア大陸の夜の光。2日間潮の流れを待ち、アメリカからの無線の誘導で、やっとの思いでゴールデンゲートブリッジをくぐった時の興奮と感動はとても言葉では言いつくせない。その1ヶ月近くのアメリカ体験は強烈な印象だったから、どうしても又アメリカに来てみたかった。そして18歳のときに再びカリフォルニアに。住んでいたのは、モントレーだけれど、たまの週末SFに遊びにくることは、学生にとっては、贅沢すぎて何とエキサイティングなことだったか!!!


サンフランシスコは、本当にオーガニックタウン。有機かそうじゃないか?なんて話題にすることすらナンセンス。

そのルーツは、実は1960年代の反政治運動からだったことを改めて再確認。

そんな時代のルーツでもあり、楠本さんのカフェ文化のルーツとでも言うべきカフェ「people's」に連れて行ってもらう。この、ハイツ&アシュベリーは、1960年中頃、カリフォルニア大学バークレー校と並んで、人種解放運動、ベトナム反戦運動 、反体制的な政治・文化を指向する若者たちの拠点となった街。いわゆるヒッピー文化、フラワーチルドレンのライフスタイルの発祥の街だ。

その頃の若者がどんなことを考えて、反体制運動をしていたか?というと・・・
LSD、ハシッシなどの麻薬の流布 →主流の道徳観の否定
クリシュナ教徒の増加 →主流の宗教の否定
"The Diggers" による無料の食料や衣料の配布 →資本主義経済の否定
The Greatful Dead らによる無料コンサート
若者たちの共同生活("family" "commune") →核家族制度を否定
自然食レストラン →工業社会の否定
サイケデリック・ファッション →主流と異なる美学


peoples

この通りには、そんな感じがまだまだ色濃く残っているのが面白い。本屋に行けば、ゲイカルチャーのコーナーがかなりのボリュームであるし、レジ周りにハシッシのあれこれ本が所狭しと並んでいる。地元に根付いて、ローカルしか相手にしていないという雰囲気のかわいい店や、大分イカレテいる店やサイケデリックな店が点在している。「people's」もそんな店のひとつ。店内の壁の色使いがビビッドで、いろんな色を使っているのに、全然おかしくない。天井が高く、程よい生活臭が心地いい。カフェが住んでいる人のコミュニティーを作り、文化が発信されている・・・という雰囲気がよく出ているけれど、それがこれ見よがしじゃないのがいいんだね。

楠本さん常々おっしゃることが良くわかる気がします。