こんにちは。数あるブログの中からご訪問あ りがとうございます。このブログは私の個人 的感想や経験なので1例として参考にしてい ただけたら幸いです。


研究室秘書希望者から大学の先生の扱いは難しくないですか?と聞かれます。難しい人とそうでない人はいます。たぶん他の組織でも上司の性格はまちまちではないでしょうか。ただ、大学の先生になる過程で特殊な環境に置かれるので一般社会と考え方にズレが生じる方もおられます(みなさんではないです、念の為)。そのせいで「大学の先生は独特で扱いにくい」と感じられることはあります。最近それはアカデミックハラスメントとして問題になっています。


国立私立問わず大学の先生になるまでにそれはそれはみなさん血の滲む努力をされてきたと思います。小さい頃からお受験に取り組んできた先生もいれば、大学に入られてから寝食忘れて勉強と研究に打ち込んできた先生もおられますし、実務家と両立している先生もおられます。バックグラウンドは様々ですがみなさん楽をして大学の先生になってはいないと思います。人生のいずれかの段階で娯楽は封印して専門知識を得るために真摯に学問や研究に向き合っておられたはずです。中には苦労なく学問ができたり、娯楽も研究も両立させてきた怪物並みの天才もおられますが、まあ、かなりの少数派ではないでしょうか。苦労を見せてないだけでみな相当の努力はされてきたと思います。専門知識の中の専門家、さらにその中でもトップ層が最終的に大学教授という地位までたどり着けます。その努力の内容はここでは割愛します(またの機会に)。


ただ、大学以外の社会経験がない(バイトくらいでないに近い)という先生も多くおられるので、組織作りがわからないとか、組織自体が苦手な方がいるのも事実です。大学は研究機関であると同時に教育機関でもあります。研究だけやればいいというわけではなく、人を育成したり研究室の仕事をメンバーと協力して遂行しなければなりません。加えて、人を採用して雇用者を抱える業務もあります。その組織の管理責任者が先生です。専門知識とは異なり組織つくりの知識や経験が必要になってきます。准教授や助教や助手や講師と先生が多く揃っている研究室は運営業務をカバーしてもらえるのでトップの先生は個人の仕事にわりと専念できるかもしれません。しかし残念なことに、うちの研究室のように先生は一人だけの小さい研究室が大半ではないでしょうか(特に文系)。


でも、実際のところ所帯の大きさというより「トップの先生のキャラ」に研究室はかかっていると私は思います。トップの先生の社会性とか組織統率力(統治力)が高ければ深刻な問題はおきないはずです。意思決定が迅速で正確でありつつ他のメンバーの意見も採用してくれるバランスのとれた先生なら人もついてきますし良い組織を継続できます。


うちのボスと知り合って10年ほどですが、私からすると非常にバランスの良い方だと思っています。学者らしく専門知識にストイックでもありつつ社会性も非常に高いので今のところ研究室運営は良好だと私は思っています。それをある日ボスに言うと、「いや、僕も昔はそんなことはなかった。ひどかったよ。上の先生や周りの人から注意をたくさんされてなおそうと頑張った。院を出てすぐ大学に就職できたことも運がよかった。そこで社会の常識を叩き込まれたんだよ。一般社会に触れるということはとても大事だし、注意されて改善の必要があると自分が思うならならそうすることはもっと大事」とおっしゃいました。


このボスの意見を聞いて、学者に限らず誰にでも当てはまることだなと感じました。結局社会の中で自分に改善や努力が必要だと感じた時、それをするかどうかは自分の気持ち次第なのですよね。上司になっても同じです。


「ボスのキャラによる」というのはそういうことなのです。