ダブルバインド。
この言葉ご存知ですか。
ダブルメッセ−ジによる二重拘束を意味します。
具体的には、親が子供に対して、ある言葉をいいます。
その言葉の意味する内容、言語と非言語の相違が生じる時、ダブルバインド(二重拘束)が生じます
例えば、子供が親に手伝いをして、親から「ありがとう」と言われた。
「ありがとう」。
言語じたい問題はないのいですが、「ありがとう」の言葉のトーンに、トゲがあったり、怒り口調であった時等
「ありがとう」の言葉の持つ、言語的意味と、非言語(伝え方)の不一致をみるのです。
そうすると、手伝いをして、親から「ありがとう」と言われた子供はどのような心理になるでしょうか。
自分はほめられているのか、怒られているのか分からない。
さらには、自分の手伝いに問題があったのか、疑心暗鬼から自己不信に陥るかもしれません。
言語表現と非言語表現の不一致。
子供はどちらが、本当に親が伝えたいことなのか、どちらが本当のメッセージなのか分かりません。
混乱してしまいます。
さらには、次の例。
親が子供にあることをして、「いいよ」と許可をします。
そして、子供が親の許可が出たと認識、遊びに行き、帰ってきたとたん、親が、「勉強したのか」、「長い時間遊んで」等、
許可を出した親が、子供が許可を出した行為を楽しんだ後、親が怒る。
これも、親の子供に対する、ダブルメッセージによる、ダブルバインド(二重拘束)です。
このような場合、子供は親の言うことを信じられる子供になるでしょうか。
親の気まぐれで、子供に一貫性を持たない言葉を発すると、子供は親を信じられなくなるのではないでしょうか。
また、自分自身も親から許可を得たことを行って、なぜ、怒られるのか、自分が悪いのかと考え過ぎ、自己不信になるかもしれま
せん。
では、最後にダブルメッセージ、ダブルババインドを受け続けた子供の心理的問題を考えます。
親からダブルバインドを受け続けた子供は、その、相反するメッセージを受け続けたことにより
何が正しいのか、果たして自分は価値があるのかないのか、何が正常なのか、まったく分からなくなってしまうのです。
そして、何が正しいのか、親が伝えたいことは何かと常に思い感じて、親の視線や表情、行動を過剰に意識して推察しようとします。
また、自分はどのように振る舞えば、親が納得するのか分からなくなってしまい、行動そのものを停止させてしまうかもしれません。
子供としての活気を失い、不活発なおとなしい子となるかもしれません。
更に成長するにつれては、人の視線や表情を過剰に意識して、一体自分はどう思われているのか、さらに、自己不全感より、自分とは何物なのか分からなくなってしまうこともあります。
そして、親を信頼出来ないということは、他者も信頼出来ない、そのような感覚さえ持ってしまうかもしれません。
これらは、全て、円滑な人間関係を築けないことへと発展する問題となるのです。
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2006年6月27日の記事
タイトル「親のダブルバインドと子供の心の問題」より、一部抜粋補筆。