2022.9.8 N ゼミ第78 回勉強会

「プロタゴラス-あるソフィストとの対話」プラトン(中澤務訳)

 

レジュメ担当:中田

 

訳者まえがき(P9-)

・紀元前5世紀、古代ギリシャ世界は隣国ペルシャ帝国との戦争にみごと勝利をおさめ、大きな発展を遂げていた。中でもアテネは、・・・ギリシャ世界の盟主としての地位を手に入れた。
・アテネには、ギリシャ各地から進歩的知識人たちが集まり、アテネ人たちに対して啓蒙活動を行ない、進歩的な教育を施していた。ソフィストたちである。・アテネ人たちの関心は、人間が持つべき優れた能力を手に入れることに向けられていた。・・・そうした能力を人間の「徳(アレテー)」と呼んでいた。・(アレテーは)道徳的高尚さ(人徳)を意味するだけではない。・・・ものが持つ固有の優れた性質を意味し、たとえば馬なら早く走れる能力、ナイフならするどい切れ味というふうに、人間以外のものもそれぞれの徳(アレテー)を持っている。人間の徳(アレテー)も、たんに道徳的な性格だけでなく、勇敢さや優れた知力など、さまざまな能力を含み込むものであった。
・当時のアテネは、国民が国の政策決定に直接かかわるこのできる直接民主制を採用していた。・・・徳(アレテー)を持つ優れた人物が政治家として成功し、社会を動かすことができた
・ソフィストたちは、・・・なによりも弁論や演説の能力、すなわち言葉を使って人々を動かす力を教育しようとした。
・ソクラテスは、・・・ソフィストたちの活動に疑問を抱いている。プロローグ
・略(友人にプロタゴラスとの対話を聞かせる導入。ソクラテスは若き美青年アルキビアデスのことを忘れるほど美しい(=最も賢い)プロタゴラスと対話した。)

 

第1章 ヒポクラテスとの対話(P21-)
(プロタゴラスを盲目的に師事しようとするヒポクラテスに、その危険性を諭すソクラテス)
・「ぼくに答えて欲しい、ヒポクラテス。きみはいま、プロタゴラスのもとに行こうとしている。そして、きみ自身のために、彼に報酬のお金を払うつもりでいる。でも、きみは、そもそも何者のもとを訪ねるつもりでいるのかな?そして、きみは何者になるつもりなのだろう?」
・「『それで、ソフィストというのは、どんな賢いことを知っているのでしょうか?』・・・ソフィストとは、人を何にしてくれる達人なのだろう?」
・「ソフィストが弁舌巧みな者にしてくれるのは、いったい何に関してなのか?」「ソフィスト自身が知識を持っていて、その知識を弟子にも与えてくれる事柄とは?」・「ソフィストとはそもそも何なのかを、きみが知らないことは明らかだ。きみはそんな人物にきみ自身を託そうとしているのだよ。」
・「ソフィストとは、心を養うためのいろいろな品物を商う、何か貿易商人とか小売商人のようなものではないだろうか?」
・(心は何によって養われるか?)「(学んで身につけられる)知識によってだよ。そして友よ、ソフィストがその商品をほめるときには、彼がぼくたちをだますことのないように気をつけようではないか。」
・「知識は別の容器に入れて持ち帰ることができない。いったん代金を払うと、・・・ただちに心のなかに取り入れて、学んでしまってから帰らねばならない。そしてそのとき、きみはすでに損害を受けているか、利益を手にしているかのいずれかなのだ。」「だからぼくたちは、ぼくたちより年上の人たちも交えて、この問題を検討したほうがよいだろう。」(プロタゴラスの話を聞いたあと、ほかの賢者たちにも相談することにして出かける二人)

 

第2章 カリアス邸にて(P38-)
(カリアス邸に到着し、ぞろぞろと人を従え柱廊を散歩するプロタゴラスを発見。他にプロディコスも滞在、美男子アルキビアデスも登場。ソフィストと公言して活動してきたプロタゴラスは、家にいるほかの人たちの前で、ヒポクラテスがプロタゴラスと付き合えば何が起こるか語り始める)
・プ「きみが私の弟子になるその日、きみはより優れた人間となって帰宅するであろう。・・・きみは毎日、よりよい方向に進歩しつづけるのだ。」
・ソ「それは何においてなのですか?・・・いったい、何に関してそうなるのでしょう?」・プ「他のソフィストに弟子入りしたとき受けるような被害を受けずにすむであろう。・・・いやがる若者たちを専門教科(算術、天文学、幾何学、音楽など)のなかに放り込んでしまうのだ。・・・わたしから学べるのは、たくみに策を練る力だ。これを使えば、・・・自分の家を最もよく治めることができるし、・・・国のことを行なうにも論じるにも、最も力のある者になれる」
・ソ「アテネ人たちは・・・(何かの事業の助言者について)その人を専門家(建築家、船大工など)と認めない限り、彼らは何も受け入れません。・・・ところが、国家政策について何かを審議しなければならないときには、誰もが同じように立ち上がり、そうした問題について彼らに助言するのです。・・・彼らはそうしたものを教えることができるとは考えていないのです。」「私的な領域においても生じています。・・・最も賢くて優れた人が、自分たちの持つ徳(アレテー)を他の人々に伝授することができずにいるのです(ex ペリクレス)。・・・徳(アレテー)は教えることができるということを、・・・説明していただきたい」
 

第3章 プロタゴラス、徳(アレテー)を論ず(P59-)
(プロタゴラスは、徳(アレテー)は教えることができるということを物語として語り始める。神々による生き物創成の神話、エピメテウスはあらゆる生き物が絶滅しないよう能力や食料を配分していったが、人間は丸裸で取り残されてしまった。プロメテウスはやむなく技術を使う知恵を火と一緒に盗み出し、人間に贈った。しかし人間は政治のための知恵を手にすることはなかった。人間は技術の力でさまざまな言葉を作り出し、住居、衣服、履物、寝具などを発明、土地を耕し食料を手に入れる方法を発見した。)・「初めのうち、人間はあちこちに分散して暮らしていて、まだ国は生まれていなかった。そのため人間は、野生の獣の餌食になっていった。・・・そこで人間は集団になって身を守
ろうとして、国を作った。ところが、集団になるたびに、人間はいつも互いに不正をしあったのだ。なぜなら人間は政治の技術をもっていなかったのだから。」・「(ゼウスは人間の絶滅を心配し)ヘルメスを派遣して、人間たちに謙譲心と道義心を与えることにした・・・国に秩序を与えるとともに、友愛の絆となって人々を一つにまとめるためであった。」
・(道義心と謙譲心の分配方法についてゼウスはこう述べた)「すべての人間がそれらを持つようにするのだ。なぜなら、他の技術のように、その所有者が少数であるなら、国は生まれないからだ。・・・謙譲心と道義心がない者があれば、国の病として処刑せよ」・プ「このような理由によって・・・話題が大工の徳(アレテー)や他の職人の徳(アレテー)に関係するときには、助言できるのは少数の人だけ・・・。だが、政治的な徳(アレテー)に関係する助言の場合には、・・・正義と節度にのっとった助言をしなければならない。だから、当然、人々はすべての人の助言を聞き入れるのだ。」・「人間はかならずやこの正義の徳(アレテー)を何らかのしかたで持っていなければならず、持っていない者を人間社会の一員と認めるわけにはいかないと思っている・・・」・「この徳(アレテー)は、・・・教えられて身につくもの・・・」・(生まれつきや偶然由来の欠点は別として)「配慮と訓練と教育によって人間にそなわる・・・美徳の場合、・・・反対物の悪徳を持つならば、・・・怒りと罰と忠告が投げかけられる」「政治的な徳(アレテー)は配慮と学習によって手に入ると考えているのは明らか」・「人は未来のために罰する。つまり、不正をした当人や、その人が罰せられるのを見る他の人が、再び不正をしないように罰する・・・このような考えを持っている以上、人は徳(アレテー)を教育できると考えているはず・・・少なくとも、改心させようとして罰しているわけだから」
(つづいてプロタゴラスはソクラテスの二つ目の疑問である優れた者を優れた者にしている徳(アレテー)はなぜその息子を他人より優れた者にしないか、理論で語り始める。)・「次の問いを考えてみてほしい。『国が成り立つために、すべての国民が持たなければならない、何かひとつのものが存在するか、しないか?』」
・「そうしたものが存在するとしよう。そしてそのひとつのものとは・・・正義と節度と敬虔・・・まとめてひとことで言うなら、人間の徳(アレテー)のことだとしよう。それは、すべての人が持たなければならないものであり、・・・それなしに行動するようなことがあってはならないものだ。それを持たない者がいれば、・・・教育したり罰したりしなければならない。」
・「彼ら(優れた人たち)はね、まだ子どもが小さい頃から始めて、・・・教育としつけを行なっているのだ。」
・(彼らが子どもを先生のところに通わせるときには)「読み書きや音楽よりも子どもの礼儀作法にいっそう気を配ってほしいとお願いする。・・・先生のほうでもその点に気を配る。」・「子どもたちが先生のもとを離れると、こんどは国が彼らに法律を学ばせ、法律を規範とした生活を送らせる。それは、彼らが自分勝手なふるまいをしないようにするためだ。」・「徳(アレテー)をめぐるこれだけの配慮が、私的にも公的にもなされている。なのに、ソクラテス、きみは徳(アレテー)を教えることなどできるのだろうかと不思議がり、それを難問と見なすのかね?」
(父親が優れているのに、その息子の多くがつまらない人間になってしまうのはどうしてか?)
・「われわれ全員が笛の演奏家でないと、国は成り立つことができず、各人は可能な限りの演奏力を持たなければならないと仮定してみよう。私的にも公的にもすべての人は誰にでもその技術を教えてやり、演奏のうまくない者がいればりつけ、技術を惜しむ者などいないとする。・・・現実に、正しい事柄や合法的事柄については、他の技術的事柄の場合とは異なり、だれも惜しんだり隠したりしないのと同様だ。(・・・人々がそうするのは、皆がお互いに対して正義や徳(アレテー)を発揮できれば、それが全員の利益につながるからだ。・・・)」
・「笛の演奏において最も才能豊かに生まれた息子が、成長後に名声を獲得するし、誰の息子であろうが、無能に生まれついた息子は無名のまま終わるのだ。」・「これらの息子たちがみな十分に立派な笛の演奏家であることも事実なのだ。笛の演奏について何も知らない素人と比較するなら」
・「法律に依拠する人間社会で育った人である限り、たとえきみが最も不正だと思う人間であったとしても、その人は正しい人であって、この分野の専門家だといえるのだよ。」・「すべての人々が各自の力の及ぶ範囲で徳(アレテー)の先生」・「人を徳(アレテー)へと導くことにおいて、われわれより少しでも優れた人がいるなら、それで満足すべきなのだよ。」

 


第4章 プロタゴラスとの対話 第一幕(P84-)
(ソクラテスはプロタゴラスに質問を始める。)
・ソ「徳(アレテー)はある一つのもので、正義や節度や敬虔はその部分なのでしょうか?それとも、・・・同一のものにつけられたいくつもの名前なのでしょうか?」・プ「徳(アレテー)は一つのものであり、きみが尋ねているものはその部分だ」「顔の部分(口、鼻、目、耳)が顔全体に対してもつような関係だよ」・ソ「人間がこれら徳(アレテー)の部分を持つ場合、・・・人々によって別々の部分を持つのでしょうか?それとも、・・・必然的にすべての部分を持つようになるのでしょうか?」・プ「それはありえない。勇気はあるが不正な人間や、正しいが知恵のない人間がたくさんいるのだから」
・ソ「(勇気や知恵といった)各部分はそれぞれ互いに別のものなのですね?」「各部分の働きも、それぞれ独自なのでしょうか?・・・徳(アレテー)の部分もこのように、ひとつの部分は、それ自体としても働きの点でも、他の部分と同様ではないのでしょうか?」「そうすると、徳(アレテー)の部分のうち、知恵は知恵以外の部分とは同様でないことになり、また、正義、勇気、敬虔についても、自分以外とは同様ではないことになります。」
・ソ「もし誰かが、こう尋ねたとしたら?『(ひとつのものとして存在する)正義自体は正しいものなのでしょうか?不正なものなのでしょうか?』わたしならその人に、正しいものだと答えます。」プ「同じだ」(同様に「敬虔」というひとつのものの存在も主張。敬虔自体は敬虔な性質を持つ。)
・ソ「(一つの部分は他の部分とは同様でないという関係が成り立つとプロタゴラスが主張するならば)『敬虔が正しい性質を持たず、また正義も敬虔な性質を持たずに、敬虔でない性質を持つことになるわけですか?・・・』わたし自身は、自分の立場としては、正義は敬虔なものであり、敬虔は正しいものだと主張するでしょう。」
・プ「わたしには、正義が敬虔なもので敬虔が正しいものだと同意できるほど、事柄が単純だとは思えないよ。そこには、何か違いもあるんじゃないかな・・・」「正義は敬虔に少しは似ている。じっさい、どんなものでも互いに較べれば、どこか似ている点はあるのだ。」(プロタゴラスうんざり。ソクラテスは別の問題の考察に話を移す。「無分別の反対は知恵」、「節度のない行為をすることは、節度ある行為をすることの反対」、「節度のない行為は、無分別を持つからなされ、節度ある行為は節度を持つからなされる」、「互いに反対のいろいろなものがあるとき、そのひとつの反対物はひとつだけ(強・弱、速・遅、同じ・反対、美しい・みにくい、よい・悪い、高音・低音))
・ソ「節度ある行為は、節度によってなされ、節度のない行為は無分別によってなされる」「一方は節度によってなされ、他方は無分別によってなされる」「反対のしかたで」「そうすると、無分別は節度の反対物」
・ソ「ところで、・・・さきほど無分別は知恵の反対物だと同意しました」「ひとつのものにはひとつの反対物しかないと同意」「どちらを取り下げればよいのでしょうか?」「一方の主張では、ひとつのものには一つの反対物・・・他方の主張では、無分別というひとつのものに、知恵だけなく節度という反対物まであることが判明した」「そうすると、節度と知恵がひとつのものであることになりますね?」
・ソ「不正をしながら、節度がある人がいると思いますか?」「節度があるとはうまく分別を働かせるということですね?」「不正をする際にうまく策を練るということですね?」「不正をうまく行なう場合のこと」
・ソ「あなたが<よいもの>と呼んでいるものが何かありますか?」「人間にとって有益なもの・・・ではありませんか?」
・プ「まさにそのとおり。だがね、たとえ人間にとって有益でなくとも、わたしはよいものと呼んでいる!」(プロタゴラス臨戦態勢に)
・プ「わたしはたくさんの事例を知っているのだ。(食べ物、飲み物、薬)あるものは人間にとって有害で・・・あるものは有益・・・馬にとって・・・牛にとって・・・樹々にとって・・・よいものとは・・・多種多様なのだ。・・・オリーブ油は、人間の身体の外部にとってはよいものだが、・・・内部にとっては・・・有害となる。それゆえ医者は病人に・・・食べ物に少量のオリーブ油を使うことしか許さない」(周りの人から賞賛の声)・ソ「あなたは記憶力の弱い人間と話をしている・・・答えを切り詰めてもっと短くしてください」
・プ「対戦相手の命じるやり方で討論をしていたら、わたしは誰にも勝てなかっただろう」(ソクラテスは、長い話し方と短い話し方のどちらもできるプロタゴラスが譲歩すべきだった、用事があるので失礼する、とその場を立ち去ろうとする。)