あの日の私は
 あの日の私は、ひどく腹を空かしていた。普段は空腹を感じない私はそんな自分にひどく狼狽していた。空腹を抱えたまま街を歩く私の鼻に突然あの香りが飛び込んできた。そう、あの香りだけでもご飯が食べられる…伝説の料理、鰻の蒲焼の香りだった。
 私は迷わずその香りに導かれるまま店の暖簾をくぐり、メニューを見る。鰻はいつの間にか高価な食べ物になっていた。迷うことなく一番安いうな重を注文する。待つこと、数分。こんなにワクワクしたのはいつぶりだろうか。そして、目の前に運ばれてきたうな重。一口食べたその味は…筆舌に尽くしがたい。
 このとき食べたうな重の、あの脂ののった豊かな風味を一生忘れることはないだろう。