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USCPAを終わってからはのんびりモードの勉強。
簿記の問題を一日一問から二問くらい解いて、後はネットサーフィン。気楽でいい感じです。

今日久しぶりに商業簿記の問題を完全正解!何のことはない、仕訳さえすべて間違えず網羅すれば解ける問題で、たぶん難易度としてはFARの方がぜんぜん難しいのですが、簿記のほうが完璧に解けたときの爽快感は大きいですね。パズル的な楽しさがあります。FARは考え方さえわかっていればさくっと解けるので。

簿記の場合はパターン化しているので、計算ミスやケアレスミスさえ防げれば何とかなるのでしょうが、そのミスを無くすのがめんどくさいんですよね・・・

とりあえず今日も大問一問だけ解いて終わり!

子供の寝顔でも見て、風呂入って、ネットサーフィンして眠くなったら寝ます。
簿記2級にはトラウマがあります。

十数年前に会社に入社した際、最低簿記2級を取れと言われました。別に経理担当ではなかったのですが・・・

さすがに簿記3級は一回で受かったものの、2級は2回連続で落ちてしまい、もう受ける気がしなくなってフェードアウトしてしまったのです。

十数年たち、なんとなく昔の挫折の記憶がよみがえり、リベンジとしてUSCPAの試験勉強を始め何とか受かったのは昨日書いた通り。

当然USCPAのFARやBECは簿記2級より難しいとされていますから、私自身のトラウマもある程度晴れた・・・のですが、、、

USCPAの試験勉強が終わり、勉強をしなくていい日々が始まっても勉強してないと何となく居心地が悪く、昔挫折した簿記2級の問題を解いてみることにしました。

問題をやってみると・・・全然できない!全然できないというのは語弊があるでしょうか、何の事前勉強もせずにいきなり問題を解き始めましたが、6割弱ぐらいしかできません。合格点は7割なので当然不合格ライン。簿記2級ってこんなに難しかったっけ?十年前はそんなに真剣に勉強した覚えがありませんから、合格しなかったのも当然ですな。

試験範囲はUSCPA FARのが広いですし、工業簿記もBECで死ぬほどやったものの域を出ません。英語で勉強してしまったので、日本語で問題を出されると逆に戸惑ってしまう部分があるのですがそれにしてもひどすぎます。問題を解いていてげんなりしてきます。

USCPAは四択ですが、簿記は筆記なのでごまかしがききにくいという部分と、問われる知識の質が若干違います。簿記は細かいところまできちんと記憶していなければ解けず、USCPAのシミュレーションなんかは会計原理さえ理解しておけば若干記憶があいまいでも解ける部分がある気がします。日本と米国の性格の違いでしょうか・・・

まだ日本語に慣れないというのもありますが、この簿記の勉強は中々苦痛なものがあります。

のんびりと勉強を続けてみようかな、とは思っています。
ここ最近USCPAの勉強をしていました。

中年を迎えてこれまで雑多に仕事をしていたのが、無性に体系立った勉強をしたくなったのがきっかけです。

あともう一つ個人的に大きな動機があったのですが、それはまた今後。

勉強を始めて1年、勉強し続けて先日4科目とも合格しました。

二回に分けて二科目ずつ受けたのですが、それは海外在住故交通費がもったいなかったため。本当は1科目ずつ受験できれば楽だったのかもしれません。結果的には複数科目の勉強も悪くなかったかなと思いますが。

受験勉強中はほかの受験生の方のブログを参考にしながらペースメーカーにしていましたが、次々と更新が止まってしまいどうしたのかな・・・諦めてしまったのかな・・・?などと人の心配などする暇もないのに。

ま、受かったからと言って何が変わるわけでもありませんが、一つの勉強をやりとげたということはやはり自信にはなるかなと思います。

大学受験の時もそうでしたが、性分なのかいったん勉強をしはじめると勉強しなければ気持ち悪く感じてしまい、結局年末年始の旅行中も、ほかの休暇中もテキストを持ち込んで夜は勉強することになってしまいました。家族には迷惑をかけたかもしれません。

大体家族が寝静まってから一日三時間ほど、トータル1000時間強程でしょうか。
結構頑張ったかなと思います。
テレビドラマやドキュメンタリーでよく見る地場に土着して安定した生活を送っている人を見ると羨ましく感じます。
私の友人にもなんでこれほどまでに?と思うほど、地元密着の生活をしている人は多く、その秘訣が知りたいところです。
こちらはと言えば、大学に通うために実家を離れたり、会社に入れば海外転勤を含めた異動が多く、一つ所での安定した生活など臨むべくもありません。隣の芝生は青い、と言いますので、地元密着の生活をしている人から見ればこちらの生活は華やかに見えたりもするのかもしれませんが。。。

家の問題にしてもそうです。私は幼少の頃から一軒家というものに住んだことがありませんので、集合住宅の生活の方が自然なのですが、地元密着型友人に聞くと集合住宅で暮らすなど信じられない、と言います。

海外で話を聞いても事情は同じようなもので、地元密着型と根無し草型二つに分かれ、双方の良し悪しで盛り上がっていたりもします。ただ、発展途上国で話を聞くと、自分は根無し草型であるという人でも実は実家は地元密着型でずーっと同じところに根を張っているということは少なくありません。一方、日本では祖父の代くらいから根無し草型があまり珍しくない気がします。私見ですが、これは都市化の歴史にあるのではないかと思います。都市化が進むにつれて田舎から都会に出てくる人はどうしても増えますから、どうしても根無し草が他の人が増えてくるのではないかと思います。

こうしてみると根無し草型の人の多さは都市化のバロメーターであり豊かさの指標でもあるのかもしれませんが、一方で地元密着型の人の安定した幸福度は金銭的な豊かさでは量れません。どちらの生活を選ぶのか、または人生のどこかで根無し草型から地元密着型に意図的に転換するのか、私自身の悩みも尽きません。

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久しぶりにバンコクに行ってきました。

バンコクでいつも思うのは、結構いいサービスを提供するよなー、ということ。

今回利用したのは都心近くのホテルなのですが、そのホテルからは近隣の主要スポットまで何とゴルフのカートで送ってくれるのです。

普通の車もバンバン通っている中を平然とした顔でゴルフのカートが走っている・・・日本では道交法違反に問われてしまうんですかね?

しかし、これに乗ってみると、こういうの全然ありじゃない?と思うのです。排気ガスは出ないし、お手軽だし。もちろん日本でこういうことができないのには深い理由がたくさんあるのでしょうが、議論をしている間に一回やってみてもいいんじゃない?という気がしてきます。

日本にも五輪が来ます。もうちょっと頭をやらかくして考えてみてもいいんじゃないでしょうかね。

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現在東南アジアでは雨季に入っている国が多いですが、季節外れの旅行もいいですよね。

私は京都に住んでいたことがあるのですが、京都の一番いい時期は夏と秋だと思っています。
もちろん春の桜や秋の紅葉もきれいなのですが、京都はやはり暑い夏と寒い冬に限ります。私の個人的な解釈によれば、京都の町は厳しい夏と冬をどのように過ごすかを考えて作られており、その本当の姿を知るには夏と冬に来るしかないと思うのです。実際夏の盛りに暑い思いをして坂を上って寺に入るとその瞬間ふわっと涼しい風が通り抜けて、これ以上ないほどの感動を味わえるのです。また、冬のピリッとした雰囲気も感じなければ、京都を知ったとは言えない!と天邪鬼気味に思っているのです。

どんな国にも観光のベストシーズンというものがありますが、シーズンオフもいいものです。閑散としている中にその国の本当の姿が垣間見えたりします。

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8月6日は原爆忌です。やがて終戦記念日もやってきます。
NHKのアサイチで戦争を子供たちにどう伝えていくか、という特集をやっていましたが、重いテーマですね。勿論私も戦後生まれですので、本などを通じてしか戦争は知りませんが、日本人が自分のしたことを何も知らないというのは問題だと思います。

この問題の一因は少なくとも教育にあると感じます。私の世代は学校では日本史がありましたが、縄文時代や弥生時代から話が始まりますので、結局一年が終わる頃には江戸時代くらいで終わってしまい、近現代史は駆け足であとは教科書読んでおいて、で終わってしまうというパターンでした。これから世界が一体化するに当たって、自国の近現代史を知らないのでは話になりません。私の周りでも日清・日露戦争に日本が勝ったことは勿論、甚だしきは第二次世界大戦で米国と戦ったことや戦争に負けたことさえ知らない人がいます。

東南アジアで言えば、マレーシア・シンガポール・ミャンマーあたりは全て日本軍が侵攻した土地ですが、意外と日本人はそのことを知りません。恥ずかしながら私自身も社会人になってから色々な本を読んで知った次第です。また台湾はその以前に併合されており、かなり日本語教育が進んでいたので、高齢の方には流暢な日本語を操る人が少なくありません。私が中学生くらいのときに台湾旅行に行った際ガイドについてくれた年配の方の日本語がうまく無邪気になんでそんなに上手いんですか?なんて聞いてしまいましたが、今となっては恥ずかしい思い出です。これらの国は今は親日国などと言われており、実際日本人だからと言って白い目で見られることはありませんが、少なくとも第二次世界大戦時にこの地域で日本人が何を起こしたのか、を概念として知っていなければ、無用な軋轢を生みかねません。

日本では国際人になる為の早期英語教育などが提唱されているようですが、それより前にすべきことは沢山あるはずです。母国語の教育によりきちんとした思考能力を養い、母国の歴史に加えて近隣諸国の歴史を学ぶことで自分なりに近隣諸国の方々との接し方を考えることが出来なければ、ただ単に英語が話せるだけではエセ欧米人とバカにされるだけで終わってしまうでしょう。

海外でビジネスをしていると歴史観を問われる場面は度々出てきます。それは韓国人や中国人を相手にしている時だけではなく、欧米人・台湾人・東南アジア人でも同様です。何故あの戦争が起きたのか?そしてそこから日本はどのように復興したのか?なぜ日本人は平和主義を堅持しているのか?こうした真正面からの問いを受けることは少なくないですし、そこに自分なりの答えを正面からぶつけることは意味のあることです。その答えに正解がある訳ではなく、いうまでもなく相手が韓国人・中国人だからと言って彼らに合わせた歴史を語る必要はありません。そこで自分なりの考えを堂々と語ることが必要です。この為に必要なのは英語の勉強ではなく、母国語での深い思考に基づく母国語による勉強だと私は思っています。

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最近日本では子供連れでの外出マナーが問題になっているようですね。
電車に乗り込むときのベビーカーの扱いや、レストランで泣き出してしまったときの対処方法など、色々議論があるようです。
子供いるいない、好き嫌い、欲しいのに出来ない、、、など立場によっても異なるので議論百出、どうしようもありませんね。

日本での議論が良いかどうかは別にして、私がアジアで経験したことは以下のようなものでした。

まず、バンコクでの話し。家内が妊娠中にバンコクでの移動には主に電車を使っていましたが、少し腹が目立つようになったころから、必ず地元の人が席を譲ってくれるようになりました。外国人だろうがなんだろうが関係ありません。混雑している車両でもわざわざ遠くから席を空けて呼びに来てくれたり、若いカップルの片一方が譲ってくれたり、それはそれはもう妊婦第一優先。これには感動し、タイ人が益々好きになりました。本当に何の迷いもなく、当然のこととして譲ってくれるのです。

次に他国での話。子供が生まれて数ヶ月して首が据わってくると、外出の機会も少しずつ増えていきます。日本であれば、子供連れで高級レストランに行きにくいとか、電車での移動に気を使うとか色々ありますが、そこでは何も気を使いません。ある中華レストランに行くと、注文を取られる前にわが子の周りをワラワラと店員が取り囲み、その中の一人がちょっと抱かせて!と言ってひょいと子供を抱き上げると、そこから先私たちが食事をしている間ずーっと面倒を見ていてくれたのです。これは、一つの店だけではなく、複数の店で起きたことでした。

バンコクの病院では新生児の連れ去り事件も発生しており、治安に気をつけねばならないことも確かですが、子供に対する視線の優しさは日本の比ではないな、というのが実感です。

日本と何が違うのかはよくわかりませんが、日本人には余裕が足りないのかもしれませんね。効率の追求はいいかもしれませんが、多少の余裕がないと社会生活は成り立ちません。すきやの過重労働問題などがクローズアップされていますが、彼らのように店を一人で切り盛りしているときに子供が店で騒ぎ始めたら、カチンときてしまうのも無理はない。

アジアのファーストフードに行くと、なんでこんなに従業員が沢山必要なんだ?と思うぐら人がいる割には、一生懸命働いている人はほんの一部で、客が列をなしている風景によく出くわします。客もそれで怒るわけでもなく粛々と自分の番が来るのを待っています。それで約束の時間に遅れたらしれっとマクドナルドで時間がかかった、と言い、それが受け入れられる土壌があります。そこにあるのは人や時間に対する余裕です。

ルーズと言ってしまえばそれまでですが、こういう雰囲気を知ってしまうと、日本のキチキチした雰囲気に息苦しさを感じてしまう時があります。

たかが子供問題、されど子供問題。余裕をなくしている今だからこそ、将来の希望の象徴である子供くらいにはもうちょっと余裕を示してあげてもいいのではないでしょうか。我々も将来今の子供世代に世話になる身ですから。。。

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人を育てる、というのは非常に難しいですが、海外となると習慣も何も違い本当に苦労します。
まずは採用のときからそれは始まります。

日本の学歴と言うシステム、これは非常に優れ物でして、一つの信頼性のある指標であることは間違いありません。好き嫌いは別にし知恵。

我々は往々にして海外でもこれに頼ろうとしますが、教育システムの崩壊している新興国ではこの学位がまったく当てにならないことが多々あります。学校制度の変更を繰り返している国や、大学が頻繁に移転したり名前が変わったりする国は少なくありません。大学と名前がついているのに、よく聞いてみると殆ど通信大学と同様、というケースもあります。

学歴に頼れない、となるとまずは筆記試験です。これがひどいことも多い。英語はまだしも算数(数学ではありません!)の出来は散々です。分数の概念が理解できていない自称大卒の人も多くいます。

最初は算数ぐらい出来ないと・・・と思いながら面接するのですが、暫くすると、算数くらいできなくてもいいか・・・総務くらいなら出来るだろうし、とどんどん変化していきます。

こうして採用した人物は本当に教育に苦労し、そして育った頃に辞めて行きます。なかなか苦しいものです。

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