明珠掌在〜【日常がスピリチュアル!】掌の上にある小さな宝物たち

起きてすぐ、忘れないように記録。



雲が風に揺れるカーテンのようにふわっと広がって流れていく空を、口をポカーンと開けて見惚れていた。


綺麗だなぁ〜
なんであんな風になるんだろう〜

「窓の外ばっかり見てない!」
先生の鋭い声。

あ、ヤバ。
また怒られちゃった。


思わず首をすくめて、前に向き直る。
隣の席の友達が声を顰めながら言った。

「あのね、右の脳から入って、のうきょうを通って、左の脳に行ったら「憶える」んだって」

私が外を見ている間に先生が板書しながら喋っていたことを教えてくれた。

ふぅん。
のうきょうって何?
農協?


なんとなく、箱を持った農協のおじさんが、せっせと左の建物に野菜を運んでいる姿が思い浮かぶ。
何が"なるほど〜"なのか、判然としないながら、「なるほど〜!そーいうことか!」と思っていた。


**********


今朝の夢。
目覚めると、小っ恥ずかしいような、居た堪れないような、なんとも言えない感覚が。

実際に小学生の頃、「時々とても幸せそうな顔で窓の外を眺めていることがあります。授業中はちゃんと前を向きましょう」と通信簿に書かれていたことを思い出す😆




"のうきょう"は「農協」ではなくて「脳橋」だわ、多分。シランケド

起きてから調べた。
人の記憶は右脳にアクセスする。
身体と同じで本能を邪魔しないよう新しいデータに対しては一種の拒絶反応があるらしい。
だから、新しい記憶はすぐにはインプットされない。

右脳への刺激を繰り返しているうちに、そのデータが脳橋を通って左脳に入ることで記憶される。

何回くらい繰り返せばデータが移行するのかは個体差があるらしいが、ポイントはα波やθ波が出ているかどうかだという。

脳派がそういう周波数だと、瞬時に移行が起こるらしい。

瞑想時にインプットされた意識が肉体に反映されるというヨガの思想はこれなんだ。



それを文章で読んでみて、やっと判然とする。

さっきのあの夢はこの情報の導入に過ぎない。

こういう示唆に富んだ夢をよく視る。

きっと変性意識状態では全てのことがわかっているんだろう。

覚醒すると、地球上に住まう肉体を持つ一生物仕様に戻るから、途端に詳細がわからなくなる。

そういう感覚は子供の頃からずっと…

ちなみに窓の外を眺め過ぎて先生に叱られた回数は数知れず、もはやトラウマ並み😆



私たちは右脳と左脳、二つの記憶ストレージを持っている。

その間を脳橋というケーブルが繋いでいて、このケーブルは高性能で通すデータを選ぶことができるんだろう。


ストレージのサイズ、処理速度、ケーブルの性能と太さ…それが個体差。


右は一時記憶。左は永久保存データ。

もしかしたら左はクラウドに直結していて、そのデータは人類のビッグデータ、地球全体の記録に組み入れられるのかも。

つまりアカシックレコードに。



レイキヒーリングで癌が消えたり、痛みが取れたりするのもそういうことかもしれない。

60分以上手当され、心地よく脳からα波が出て…あるいは寝落ち寸前のθ波の時に暗示をする。

"〇〇治癒"と声を掛けよというのは、そういう意味かも。


エーテルが傷つくとそれが肉体に反映され病気となる。

あるいは"エーテルの傷が癒されました"という宣言する(量子的を動かす)ことで、肉体の病変が治癒してしまうということはないだろうか。



………。

朝起き出してから、カーテンを開け。

青く透き通った空を見上げて(雲はないのに)、口を開けて思考に耽っている私がいる。

もう今では先生に叱られることはない。

自由ってすてき(そこかよ😆)


かも、は、「かも」ではないこともよくある。

だから検証や実験が大事で、インプットするデータを裏付けしていくんだろうね。