都内不動産屋ときどき居酒屋下っ端スタッフのブログ

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基本的には都内の不動産屋クン話をする予定。隠れキャラ的に居酒屋でお酒を作ったりもしてしまう、とある不動産屋代表のブログ

Amebaでブログを始めよう!

さ。

今回はチャリンコからですね。


トランジッション(チャリンコ置場)から出てバイクに乗ります。

距離はこの間のブログに書いたとおり、90.1kmです。


90kmといってもピンとこないでしょう。

だいたいですが、車だと霞が関ICから

中央道を西に行き大月ICくらいまで行くと約85kmです。

ちなみに僕は練習のために、自宅のある稲毛から

九十九里まで往復してましたが、往復しても85kmでした。


3時間半はかかるだろう、と思っていたので、

ある意味開き直っていた僕はサイクリング気分で行こう!

と決めていました。


そんな時、ふと僕の頭にかかったBGMはこれでした!



♪どっこまーでもー行こうー

 みっちはー厳しくともー

 くちぶーえをふきなーがら

 はしいっていーこうー ♪


理由はわかりませんが、この曲がぐるぐるリフレインしました。

この曲で20kmくらい走れました。

途中、ほんとに口笛吹いちゃったくらいです。


でも、90kmという距離は口笛吹いてすむほど

甘くはありませんでした。


40km過ぎたあたりで、お尻が痛くなってきました。

50km過ぎると腰も痛くなってきました。


練習で85km走ってはいましたが、ケツと腰の

痛さだけは克服できませんでした。

こうなってくると、口笛吹いてる余裕なんてないです。


その間にもガンガンほかの選手に抜かれていきます。

スイムとランはそうでもありませんでしたが、バイクは

抜かれる一方で、くそー!っと内心イライラしていましたが、

大会に出る前から、

「今回の大会は自分のペースを死守!

腹が立ってもプライドが傷ついても、むきにならない!」

と決めていましたので、じっと我慢してぷらぷらと

走り続けました。


いつもそうなのか、たまたまそうだったのかわかりませんが、

とにかく風が強く、コースの半分くらいは向かい風で、

ときどきものすごい向かい風と上り坂が重なった時なんか、

気が付いたらスピードが20km/hを切ってることがありました。

20km/h切っちゃったらママチャリ乗ってる高校生より

遅いです。


最後は、

「あー、もー!早くバイク降りてー!」

しか考えられなくなってました。

こぐのがしんどい、というよりはケツ痛と腰痛で辛かったです。


それでもなんとかバイクもクリアし、トランジッションに戻ってきました。

(正確にはスタートの場所とは違う場所だけど。)



最後はランです!


バイクに乗っているときに思いの外、給水がうまくいき、

うまくいきすぎてトイレに行きたくなっちゃいました。

トランジッション内にはトイレもあるのですが、

仮設トイレが4つしかありません。

結構人が並んでいて、2分~3分は待ったんじゃないでしょうか。

自分の番になり、入ってみると紙もない。

まあ、僕の場合、小のほうだったので紙は不要でしたが、

大の人はいったいどうしたのだろう・・・、などと思いました。


バイクで結構足の筋肉が張っているのがわかったので、

軽くストレッチをしながら、

「あー、走るだけの筋力は残ってるかなあ。」

などと心配していたのですが、走り始めると

全く問題なく走れました。いつも練習しているときと

同じような感覚です。


この瞬間が一番うれしかったです!

「よし!これでほぼ間違いなく完走できる!」

と確信できたからです。


スイム終わった時も、バイク終わった時も

最後のランで走りきれるだけの余力があるか

どうかばかりが心配でしたが、その心配が

杞憂に変わった瞬間でした。


ランのコースにも2km~3kmくらいの間隔で

給水ポイントがあります。


あ、言い忘れましたが、バイクにも2か所

給水ポイントがありました。


これは飛行機の中で例の男性から聞いていたのですが、

ボトルごと水かスポーツ飲料がもらえるのです。

それ以外にも、ゼリー状の食料がもらえます。

まあ、ウィダーインゼリー的なものです。


最初はスポーツ飲料をもらったのですが、激マズだったので、

2回目からは水にしました。食料はもらいませんでした。

なぜなら、一応バイクに乗る前と、ランに行く前に

2つウィダーインゼリー的なものを自分で用意していたので、

それ以上は不要だろうという理由です。



話を戻します。


ランの給水ポイントには、水、スポーツ飲料、ゼリー的なもの

以外にバケツに入ったスポンジとバナナがありました。

あ、あと1か所だけエアーサロンパス的なものが置いてあるところが

ありましたね!

そのポイントだけ異常に湿布臭くてたまりませんでした。

僕は使いませんでしたが、仲間の数名は使ったようで、

非常に気持ち良かったと言っていました。


正直、ランは今までの大会で一番楽でした。


バイクで僕のことを抜いていきやがった

図体とお尻のでかい外人をガシガシ抜いてやりました。

心の中で

「バイクを飛ばしすぎなんじゃい!

ざまーみろぃ!!」

と勝手に勝利宣言して走っていました。


とはいえ、やっぱり最後の2km~3kmくらいは

足が張ってきて思うように走れなくなりました。

でも、ペースはそれほど落ちなかったと思います。

ただ、「あー、はやくゴールしたいなあ。」

とばっかり考えていました。


一番救われたのは、最後のほうで外人の見物客が

「ゴールまであと400mだぞ!」といった言葉でした。

400mといえば、あともうちょい!

そのうち会場からのアナウンスの声がだんだん大きくなって

きて、ゴールが近いことがわかりました。


そして、大勢の見物客が見守るゴールに来ました。

ひとりひとりゴールテープを張ってくれます。

僕も腕を上にあげガッツポーズでテープを切ることが

できました。



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ちなみに、このゴールの写真は僕とは

関係ないっす。ゴール後に一息ついて

ホテルの部屋に戻ってiphoneで僕が撮った

画像です。



ゴールした瞬間は「感激!」「感動!」というよりは、

達成感のほうが強くてホッとしたというのが

近いような気がします。


このあと、仲間がゴールしてきたのですが、

不思議なもんで、その仲間のゴールのほうが

数倍も感動しましたね。

なんででしょうね?自分でもよくわからなかったです。

同じ辛さや苦しさを味わった者同士だからでしょうか。


その後、フィニッシャーの証である

メダルをかけてもらいました。

何故か会場にはアサヒビールがあって、

ただで飲めるので、完走した嬉しさと安心感も手伝って、

たちまち4本飲んじゃいました。

でも、面白いもんでちっとも酔いませんでしたね。



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メダルと一緒に僕の右足も写っちゃってますね・・・。


その日の夜は、仲間とバーに行って少しだけ

飲みましたが、僕はその前後にぶっ倒れて

寝てました。やっぱり疲れと酔いがあったんですかね。



4日目:11月4日(日)


台湾から無事日本に帰国!!


日本には20:30くらいに着きました。

荷物の受け取りなどで、結局21:30くらいに

なっちゃいましたが、空港から稲毛までが

つながりが悪く、結局成田を後にしたのは、

22:30頃でした。家に着いたのは、

23:30頃です。



大会の話はこれでおしまいです。


大会に出るまでは、今回のハーフアイアンに

出たら当分はオリンピックディスタンス(約51.5km)の

大会でいいかなあ、と思っていたのですが、

終わってみたら、再来年あたりには本気で

宮古島のアイアンマンに出たい!と思うように

なりました。


今年はこれでおしまいですが、来年はハーフアイアンを

メインに出て、経験やトレーニングを積んで、

来年の最後にはまた違った気持ちでこの台湾の大会に

出たいな、と今は思っています。


まあ、まだ思っているだけですが。( ̄ー ̄)


-完-


ペタしてね

トライアスロンをやろう!と決めてからはや半年。


ついに無謀にも台湾くんだりまで行ってハーフアイアンなるものに

挑戦してまいりました。


一応おさらいをしますと、

ハーフアイアンというくらいなので、いわゆる鉄人レース(アイアンマンレース)の

半分の距離をやります。


つまり、


スイム:1900m

バイク:90.1km

ラン:21.1km


トータル約113kmです。


それまでトライアスロンの大会に2回ほど出たことはありましたが、

いわゆるショートディスタンスというやつで、


スイム:500m~750m

バイク:20km

ラン:5km

トータル:約25kmちょっとでした。


今回は約その4倍です。



1日目:11月1日(木)


朝早く家を出て成田に向かいました。

航空会社はエアチャイナです。


 9:50 成田発

台湾なんて沖縄の先だから、2時間くらいで着くんだろう、

なーんて思ってたら4時間近くかかりました!

(日程表をチェックすればわかることだが…)

ラッキーなことに一番後ろの席だったので、リクライニングが

し放題で、だいぶ楽でした。


隣に座っていた方は、62歳の男性で、後でわかったのですが、

別のトライアスロンツアーの添乗員さんで、なんと23年も

トライアスロンを続けており、この台湾の大会も第1回目から

参加されているような方でした。

おかげで、台湾の大会の細かい情報であるとか、

ハーフアイアンをやるにあたっての注意点だとかを

いろいろ聞けたのは本当に助かりました!!


「ハーフなんて大丈夫、大丈夫!」

というお言葉に気持ちがだいぶ軽くなったのを

覚えています。


 13時ごろ 台北着

台北の空港からさらに高雄まで新幹線に乗ります。

台湾の新幹線は日本製で、N700系だそうです。



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色がオレンジってところが斬新でしたが、

中はほんと席からトイレから全く一緒でした。


高雄からさらにバスで2時間、ようやくホテルに

着きました。ただ、別便で送っているバイクが

まだ届いていないので、チェックインの前に

夕食を食べに行きました。


おっと、その前にバスでの移動中に寄った

コンビニでこんなのが売ってました。



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パイナップルビールです。

ビールのカクテルと思ってもらうと

それに近い気がします。

でも、ビールの味よりパイナップルのほうが

強かったですね!

でも、割とおいしかったです。


夕食を食べてホテルにチェックイン。

部屋はもともと4人部屋で取っていたのを

直前に二人がキャンセルしたため、

無駄にベッドの広い部屋になりました。



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わかりづらいかもしれませんが、真中に

ダブルベッドがあり、その脇にシングルが

二つある、という不思議な部屋です。


これ、予定通り4名だったら、男二人は

ダブルで寝なきゃだったんでしょうか・・・。

すごいな。


この日は夕食の後、別のツアーで来ていた

トライアスロン仲間と合流し、ホテルのロビーで

結構いい感じで酒を飲みました。


2日目:11月2日(金)


この日は朝からコースの下見です。


まずはバイク・ランのルートの一部を

見に行きました。

トランジッションと呼ばれる、要は

チャリンコ置き場も確認しました。



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今までと大きく違うのは、チャリの置き方です。

今までは下の画像のような置き方だったんですね。



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要するに棒にサドルを引っ掛けるタイプです。

今回はよく街中にある有料駐輪場のような

タイヤをがちっとはめるタイプです。

こっちの方が、バイクを置くのが楽だし、

荷物置き場なんかもきちっと確保されていて、

非常に良かったです。

全部の大会、このタイプにしてほしいです。


午後はスイムの会場、つまりスタート地点を

見に行きました。



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この日は泳いでも良かったのですが、

やめておきました。今考えれば、

このときにマスクとシュノーケルを持って行って

素潜りしてくればよかったと思って、

悔やまれます・・・。(ノ_・。)


それからホテルに帰りました。



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ホテルはそれほど新しい感じではありません。

でも、大会のフィニッシュがこのホテルの

ガーデンでやるので、トライアスリートには

だいぶ気を遣ってくれている気がしました。

モーニングが充実していたのも嬉しかったです。


この日は夕食を18時から食べ始め、

20時には寝ました。何せ明日は朝の3時起きですからね…。


3日目:11月3日(土)

この日は大会当日です!


 3:00

起床。

部屋の前に置いてあったランチボックス的な

モーニングの中に入っていたバナナを2本だけ食べ、

他に入っていたパンとまんじゅう的なものは

残しました。あ、あと日本から持ってきた

ウィダーインゼリー的なものを食べましたね。

 4:00

ホテル出発。

バスで会場まで送ってもらいました。

一緒に乗っていた欧米系の外人の団体が

尋常じゃないくらいワイワイ騒いでいたのに

くらべ、日本人を含むアジア系外国人は

おとなしーく乗っていました。


 4:30

会場開場。

スタートまで時間があるので、仲間と談笑してました。

天気が悪く、小雨交じりで結構肌寒かったです。

ウィンドブレーカー来ている人が多かったですね。

これからは用意した方がいいのかもしれません。

スタートが迫っていましたが、不思議と緊張は

しませんでした。


 5:30

スタート地点にてスイムのアップを始めました。

この時点ではまだ日も昇っていなくて真っ暗です。

水は思ったよりも冷たかった記憶があります。

ここでウェットスーツをきっちり着こみ、

体制万全です。


 6:00

「エリート」と呼ばれる、プロの選手がスタートしました。

この頃には日も昇り始め、周りは明るくなってきました。

さすがにプロの選手はスイムもめちゃくちゃ早いです!


 6:15 

僕ら一般人のスタートです!

ところが、いつものように年代や性別で100名くらいに分けて

3分おき位にスタートするのではなく、参加者約1600名が

一斉にスタートしました。

文章じゃなかなか伝わりませんが、まさに鮭の産卵のようです!

僕は最初から「完走できればいい。」と思っていたので、

最後の方からもたもたとスタートしました。


泳ぎ始めると透明度が非常にいいことがわかりました。

とにかく人が多くて、泳いでいて腕で殴られたり、

脚で蹴りを食らうことはしょっちゅうです。

最後の方からスタートしたので、スイムの苦手な人が

多いらしく、結構平泳ぎで泳いでいる人も多かったです。

平泳ぎで泳ぐのは別に違反でもなんでもないんですが、

あれだけ混んでいると邪魔ですね…。


長くなったので、今回はこれまで!

次回、「怒涛のチャリンコ編(仮)」をご期待下さい。


ペタしてね



タイトルにしておいてなんだが、

ちょうどこの週刊朝日と橋下氏の話題は

テレビで見落としていてよくは知らない。

でも、どうやら部落差別の話が絡んでいるようですね。


正直、東京で生まれ千葉でずっと育った僕には

部落というものには全くなじみがない。

千葉では学校でも部落差別について、

熱心には教えない。

周りにそういう理由で差別されている家も

人もいないから、なおさらなじみがない。


僕は23歳のときに大阪に実家がある女の子と

結婚しようとした。

今の嫁さんの前に付き合っていた人だ。


23歳なりに本気で結婚しようと思い、

大阪の彼女の実家にご挨拶にも行った。

「身上書を持ってこい」というので

『身上書ってなんすか?』と思いながら、

それでも両親に教えてもらいながら書いた。


結果は「NO」だった。

理由は「若いから」だった。


若いという理由については相当納得いかなかった。

なぜならうちの両親は23で結婚をし、ちゃんと

僕と弟を育てた、という事実を知っているからだ。


「家庭を持つにはまだ人間ができていない!」

と言われるならともかく、

「年齢が若い」

なんてのは理由にもならん!と思った。


結局、日を改めて2度挨拶に行ったが、

2度断られた。

「2年~3年待て。」

と言われた。

2年~3年たつと何が変わるねん!と思った。


実はその間にこんなことがあった。

ある日彼女が、

「うちの親が失礼なことをすると思うけど悪く取らないでね。」

というのだ。


なんのこっちゃ、と思ったが

「そーなの?ふーん、了解。」

なんて感じで軽く受け止めた。


ある日、寮母さん(そのころ僕は会社の独身寮に

住んでいた。)が僕の所に来てこっそり言った。


「私の所に興信所から電話があってあんたのこと

根掘り葉掘り聞いてきたわよ。」

と。


なるほど、このことか!と思い、まあ別に

毎週金曜日に飲んだくれて朝帰りするくらいで

他に後ろ指さされるようなことはしてなかったので、

別にかまわないやー、なんて思っていたら、

どうやらそれ以外に調べていたことがあった。


僕の家庭が被差別部落出身かどうかを調べていたのだ。

これにはほんと驚いた!

僕のその時の本音を言えば、

「今時こんなこと気にする人いるんだ!!」

と思った。


でも、それは僕の住んでた地域がそういうことに

縁がないだけで、どうやら彼女の実家がある

大阪では割とまだ考え方として残っているらしい、

というのを知って相当びっくりした。


そういう経緯を経て本当に初めて部落差別というものに

興味を持つようになった。


根は深い。


この間のフランスでの「川島4本の腕」といい、

今回の被差別部落の件といい、

いくら表現の自由が許されているとはいえ、

こんなばかげたことを公で言っちゃうような奴は

よっぽど低俗でむしろそいつが卑下されるべき

人間だよな!

なんでも表現すりゃいいってもんじゃないんよ!


と、思うのだった。


-完-


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