優しい言葉
今回は、「美しい言葉」「考える言葉」に次ぐ続編です。
①幸いは、小さな器に一滴ずつ落ちる水のようなものだ。
満たすには時間がかかるが、それでいい。
近くに多くの水が流れ落ちる場所があっても、欲をかいて真下に行ってはならない。
器が小さければ、溢れるに決まっているのだから。(三羽省吾『厭世フレーバー』より)
②人それぞれの外面の特徴となって表われる様々な「癖」は、その人なりの内面の喜びや哀しみを端的にデフォルメした表現である場合が少なくない。(藤沢周平『たそがれ清兵衛』所収の縄田一男解説文より)
③彼らの生きる姿には、人を疑う心というものがなかった。
人間と人間は肩を寄せ合い、心を開いて手と手を繋ぎ合って生きていくものなのだ、と教えてくれているようだった。(白川道『単騎、千里を走る。』より)
④大きな飛躍、現状の打破を可能にするのは教育されていない無垢さだ。
理性や大人の責任感は冒険の妨げになるだけだ。(町山智浩『<映画の見方>がわかる本』所引のスピルバーグ監督の言葉)
⑤この雪が来た晩の静かさ、戸の外はひっそりとして音一つしなかった。
あれは降り積もるものに潜む静かさで、ただの静かさでもなかった。
いきぐるしいほど乾き切ったこの町中へ生気をそそぎ入れるような静かさであった。(島崎藤村「雪の障子」より)
⑥おれたちだけで食ったら腹は満足するが、気持がわるいやろ。
みんなに分けたら足らんけど、まあすまない気がせんやろ。
お前も平気で怒れるやろ。怒っても悪かったという気にならんでよいやろ。
それが心の満腹だというのやとわしはきいたことがある。みんなうまそうに食いよった。
それでよいのや。(会田雄次『アーロン収容所』中の会話文より)
⑦働くことが、あたしにとってはたった一つの、何よりの喜びでした。……自分一人のために働くということは、ちっとも楽しいものではありません。(イプセン『人形の家』のリンネ夫人のセリフより)
⑧砂は決して休まない。
……砂の不毛は、ふつう考えられているように、単なる乾燥のせいなどではなく、その絶えざる流動によって、いかなる生物をも、一切うけつけようとしない点にあるらしいのだ。
年中しがみついていることばかりを強要しつづける、この現実のうっとうしさとくらべて、なんという違いだろう。(安部公房『砂の女』より)
⑨彼は、また働く。
土がめくれる。
それは、つるはしを打ちつけて引いた力の分だけめくれあがるのだった。
スコップですくう。
それはスコップですくいあげる時の、腰の入れ方できまり、腕の力を入れた分だけ、スコップは土をすくいあげる。
なにもかも正直だった。
土には、人間の心のように綾というものがない。彼は土方(どかた)が好きだった。(中上健次『岬』より)
⑩私には何の不満もない。
まるで、もう、安心してしまっている。足を投げ出して、ぼんやり運動会を見て、胸中に一つも思う事が無かった。
もう、何がどうなってもいいんだ、というような全く無憂無風の情態である。
平和とは、こんな気持の事を言うのであろうか。
もし、そうなら、私はこの時、生れてはじめて心の平和を体験したと言ってもよい。
先年なくなった私の生みの母は、気品高くおだやかな立派な母であったが、このような不思議な安堵感を私に与えてはくれなかった。
世の中の母というものは、皆、その子にこのような甘い放心の憩いを与えてやっているものなのだろうか。
そうだったら、これは、何を置いても親孝行をしたくなるにきまっている。
そんな有難い母というものがありながら、病気になったり、なまけたりしているやつの気が知れない。
親孝行は自然の情だ。
倫理ではなかった。(太宰治『津軽』より)