寅地蔵
寅さんって、死んだらきっと、お地蔵様になるんでしょうねえ……。
こんなことを言ったのは、作家の遠藤周作さんだったと思います。
地蔵信仰は、バラモンの信仰にまで遡れる、とても古い異国のものですが、日本では、慈悲によって衆生を救済する菩薩様として信仰されています。
寅さんシリーズ18作目の「寅次郎純情詩集」には、不治の病に罹ったヒロイン・綾が登場します。
綾は、縁側から庭を淋しそうに眺め、「人間はなぜ、死ぬのでしょうねえ」と、呟きます。
この映画には、「私、千年も、万年も、生きたいわ」なんて、『不如帰』の浪子のようなセリフは出てきません。
見舞いに来た寅さんは、笑顔をつくり、喋りはじめます。
たぶん、彼にも、どうやって綾を慰めていいのか、分からなかったはずです。
「人間、う~ん、そうねえ、まあ、なんて言うかな、まあ、結局、あれじゃないですかね、まあ、こう人間がいつまでも生きていると、あの~」と、だんだん寅さんは真剣に語っていきます。
でも、笑顔は絶やしません。
寅さんは、ジェスチャーを交え、喋り続けます。
ピエロのように、動き回ります。
「こ~、丘の上がネ、人間ばっかになっちゃう。で、ウジャウジャ、ウジャウジャ。面積が決まっているから、で、みんなでもって、こうやって満員になって、『押しくらまんじゅう』しているうちに、ほら、足の置く場所がなくなっちゃって、で、隅っこに居る奴が、『お前どけよ』と言われて、『ああ~』なんて、海の中へ、ぱちゃんと落っこって、アップアップして、『助けてくれ、助けてくれ!』なんてネ、死んじゃうんです。結局、そういうことになってるんじゃないですか、昔から……」
寅さんは、綾の心の辛さが分かっているだけに、必死に喋り続けました。必死ですから、彼は喋っている途中、我を忘れていました。
自分を捨てていた、と言ってもいいでしょう。
だから、綾の心に、寅さんの気持ちが届きました。
こんな優しい、慈愛に満ちた寅地蔵に接すれば、多くの人に「安寧」が訪れるだろうと思いますが、人に「安寧」を与えるためには、どうしても我執を捨てねばなりません。