一粒の雨
先日、たまたまテレビをつけたら、NHKが「雨の物語」という番組をやっていました。
年間5千ミリの雨が降る、という大台ヶ原(吉野熊野国立公園)が舞台。
1日に844ミリ降った記録もある、とのことでした。
美濃出身の私は昔、土佐の、スコールみたいな雨に遭遇し、驚愕しましたが、大台ヶ原の雨は、土佐の比ではありません。
地元の人たちは、「棒雨」と呼んでいるそうですが、NHKのスタッフは、山中に最新鋭の高速度カメラを持ち込み、「棒雨」の姿を初めて捉えたのです。
高速度カメラが捉えた「棒雨」は、すべてが一粒一粒分かれていて、それぞれが丸い形をしていました。
粒の大きさも、全部違うのです。
「棒雨」だといっても、雨粒が棒状に連なっているわけではないのです。
普通の雨と同じだったのです。
いまもあの映像の、丸くて可愛い雨粒の姿が私の脳裏に焼き付いています。
最近の世の中をみていますと、何か得体の知れないものに押し流され、自他の違いを見出す余裕もなければ、自己を保持することさえ難しい、そんな「棒雨」状態を感じないではいられません。
大台ヶ原の「棒雨」は、違っていました。
一粒一粒が独立し、「個性」を失っていないのです。
私は、「個性」こそが「生」の証しだと思いますし、世の中の「棒雨」状態に対抗するには、お互いの「個性」を尊重し合い、連帯を深めるしかないと考えます。