あの日 | OFF-TIME

あの日

農業が一番分かりやすい例かもしれません。

第1次産業が中心だった頃は、生産の場と子育ての場は接近していました。


昔の子どもは、親が汗を流して働く姿を見ていました。


私は、何十年も前のことですが、いまだに「あの日」のことが忘れられません。


急に牛が暴走したのです。

その時です。

父は、荒ぶる牛の前に立ちはだかり、「ど、ど、どお!」と大声を出し、一瞬のうちに牛を取り押さえました。

父に聞きました。

「怖くなかった?」
父は、何事も無かったように、
「あんなのは、慣れだ!」
と言いました。

「僕でも、慣れたら出来る?」
と聞き返した時に、父は言いました。
「出来る。ただ、牛に怖じけ、ちょっとでも逃げたら、牛に踏み殺されるぞ!」

私は、ぞっとしました。


牛も怖かったし、平然とした顔で牛をおとなしくさせた父も怖かったし、「お前もやってみるか?」と、いつ言われるか、それも怖く、「あの日」のことが忘れられないのです。


私の生い立ちが幸せだったのか、不幸だったのか、いまでもよく分かりません。


のちに見合い結婚し、3人の父親になりましたが、子育て中に時々、「あの日」のことを思い出したものです。


父は厳格で無口。

遊んでもらった記憶はほとんどありません。

でも、そんな父をいまも尊敬してます。


子育て中、「あの日」の父のようになりたい、と何度思ったことでしょう。


町に移り住み、教師になった私は、ついに「あの日」の父にはなれませんでした。

別の形で、なんらかの「あの日」を子に与えてやることができたのでしょうか?


我が子に一度聞いてみたい、と思うときがありますが、父親失格の烙印をおされそうで、いまだに聞いていません。