後ろ姿
「いまのバラエティー番組は、食って笑ってるだけ!」と喝破した人がいます。
私も同感で、あの種の番組は観ないことにしています。
俳優・長谷川一夫は、自分が食事をしている姿を、絶対に人目にさらすことをしなかった、と聞いたことがあります。
そういえば、彼が人前で、大笑い(馬鹿笑い)した姿を観た記憶が私にはありません。彼は、スターに徹していたのです。
名優はいつも「後ろ姿」を気にする、という言葉を聞いたことがあります。
ジャン・ギャバンは、「後ろ姿」で、「背中」で、演技したといいます。
私は、前姿も、後ろ姿も、ともに自信がありません。
ですから、名優の心境を語る資格なぞないのですが、名優は常に、美しい姿を見せることに全力を注いでいた、と言っても、それは、的外れな言い方ではないと思います。
美しい姿を見せるには、「後ろ姿」にまで神経をつかうべきで、そうなれば、「後ろ姿」にも人格が滲み出てくるのでしょう。
前姿を取り繕うことは、簡単だと思います。
そして、今の世の中、前姿=見栄えを気にしすぎているように思えてなりません。
「何でも有り」の時代だ、と言ってしまえばそれまでですし、そんな生き方しか出来なくなっている時代が本当にやってきているのかもしれませんが、私はやはり、本当の姿は「後ろ姿」に現れる、と考え、謙虚になるべきではないか、と考える人間です。
人目が及びにくい「後ろ姿」にまで神経をつかい、「後ろ姿」で人を納得させることができたら、最高だと思います。
凡人の私には無理です。
でも、無理だから、憧れるのです。
幼稚園にとっての「後ろ姿」とは、いったいどのようなものでしょうか?
これに関しては、いろんな考え方があると思いますが、先日ふと、私が思ったのは、幼稚園の「後ろ姿」は、降園時の園児の後ろ姿じゃないか、ということです。
今日の一日、本当に楽しかった、と満足した子の足どりは、軽いのです。
前姿が立派でも、園児の後ろ姿に幸せな感じが見られなければ、良い保育をしているとは言えないと思います。
もう少し話を展開しますと、子どもたちが小学校、中学校……と進んでいった時の姿は、幼稚園にとっては、幼稚園の「後ろ姿」なのではないでしょうか?
私は、そう思って、毎日を幼稚園で過ごしているつもりです。