9月まであと10日余り

9月になったら、やっと戻ってくるものがある。

実家だ。

遺産相続でも書いたが、父の遺産分割で土地を所有した。

当然、実家も建っているので家も所有することになる。


実家にはもう2年入っていない。

最後に入ったのは、母の葬儀の時だ。

父の死後、性格上合わない姉夫婦が、住みこんでしまったのだ

自宅は車で30分位のところに、新築で建てたばかり

どーして住んでいるのか全く不明であったのだ。

ずーっと住んでいれば自分のものになる

みたいに親戚から言われたらしいのだが、

そんなこと信じてしまったおバカさんなのだ。


実家から出ているとはいえ、私の私物も結構ある

何があるか思い出してみた。

まずはアルバム、幼少期から、高校までの写真があるはず

見たいような、見たくないような

子供が見たら、きっと大爆笑だろう

そうなると、通知表もある。

子供に見られるともう、威張ることも出来なくなるかも知れない

大学の卒業証書と教員免許もあるはず

教員免許など何の足しにもならなかったが、

何枚か書いた、履歴書で面接官の気を引いたくらいだ。


50年くらい前のリモコンカーもたしかあった。

ラジコンではない。コードが付いているリモコンカーだ

子供のころ、父が買ってくれた物だという

娘が幼稚園くらいまで、実家に行っては出して遊んでいた。

これは、鑑定団級のお宝かもしれない

父が日曜大工で作った納屋にもお宝はありそうだ。

たしか、ソニーのラジオも見た。30年以上前から使っていた

そして、実家の掃除機は三菱風神だったような・・

馬場・猪木時代のプロレスで、リングを掃除していたやつだ。

日本ビクターの商標ニッパー君もあったかも知れない

瀬戸物で出来ていた気がするので、壊れているかも


まだまだありそうだ。

父は大阪万博に行っている。

ソビエト館のパンフレットを見た記憶がある。

そのほかも多数パンフは見た。お土産もあるかもしれない。

東京オリンピックのはがきSETは確認している

毎日新聞で作った、5枚入り1SETがちがう写真で5SET

桐のタンスの引き出しにあった。


そうそう、タンスは50年以上前の桐の箪笥がある

これも処理しなければならない。

そして、母が好きだった和装、どのくらいあるのかはわからない

34年前の百科事典のSETもあったはず。たしか平凡社

父は有名社寺で工務課という部署の課長をしていた。

平たく言えば、宮大工です。国宝とかは直せませんよ

でも、そのほかのいろいろなところを直したりする仕事

大工道具は物凄くあるんです。

錆びてないか心配ですが、これも処分しなければ。

父が作った餅つき用の臼もある

なんでも木で作ってしまう物凄い父だったのだ


結構、昔のものはありますね

まだまだ出てきそうだ。

どう処理するか、考えています。

NET販売でもしようかな。古物商の免許はありますので

9月になったら、何が出てきたか再度報告いたします。

お楽しみに・・・・


その前に、自分のものだけ持って8月末出て行くように

厳命いたします。