大学で研究室に配属され,のんきに好きなように時間を過ごすだけではダメになったときから,だんだんとアニメを楽しむ比率が低くなっていったものの,自転車をはじめるまでは,アニメが人生の楽しい部分のわりと高い割合を占めていました.
そして,絵を描いたり脚本を書いたりするわけでもないのに,制作側にまわる自分を想像するなんてこともありました.
しかし,自転車が趣味となった今,アニメを見るといまでも楽しいものの,たとえばいきなりある番組が放送中止になったとしても,まったく残念ではないし,毎週心待ちにする作品というものなくなりました.
黒執事とかガンダム00とか,かんなぎとか,楽しんでいる作品はあるのですが,「夢中」では決して無くなりました.
どこか,冒険したい気持ち,のようなものをアニメで仮に満足させていたところがある気がします.しかし,自転車で街を走れば,自分が主役のちょっとした冒険が簡単に実現できてしまいます.
冬なんて突然の雨が降れば,ちょっとした生命の危機だったりもします.(でも実際には,すんごい寒い思いをしたとしても町中で死ぬことはないだろうけどね.死ぬ気で冬山に行った人でも普通にかえって来ちゃうもんらしいから・・・ってあれはねつ造された物語だったっけか?だれだっけ?ヒラリーマン?)
理由はいろいろあると思うのだけれども,自転車によってアニメは置き換え可能な娯楽であったわけです.まだ両方を楽しむ余裕はなんとかあるのでアニメも見ていて完全な置き換えは生じていませんが.
アニメをたくさん見て楽しんでいた頃は,まさか将来的に自分の中でアニメのしめる割合が小さくなることがあるなんて,思いもしなかった.
で,結論は何かというと,いろんな趣味に手を出すのは,どれも深められないというようなことがあるわけですけども,いろんな趣味に手を出さないと,本当はたいして自分にとって大切ではないものを大切だと誤解してしまうおそれがあって,また,ほんとに自分の性質に合う趣味に出会ったときには,自動的に夢中になって他の趣味なんてふっとんでしまうのだから,いろんな趣味に手を出すことは望ましいことなのではないか,ということ.
ただ,たとえば洗脳だとか,人の中身を作り替える手法というものもあって,自分が夢中になってるという事実なんて,たいしたもんではないというか,たいしたもんなんだろうけど,実は他者によっても簡単に書き換えられてしまうという事実を考えると,好きとか嫌いとかいう話も実はどうでもいいものなんじゃないか,なんて思ったりもする.
でも誰々が好き,とかそういうのって,生き物としても人間としても大切ではないわけがないから,そういうことも考え出すと,そろそろ自分の場合は前頭葉あたりに限界がきて,思考がどんどん混乱しはじめる.
まあ,現状で,明らかなことは,自転車最高!ってことですね.
そして,絵を描いたり脚本を書いたりするわけでもないのに,制作側にまわる自分を想像するなんてこともありました.
しかし,自転車が趣味となった今,アニメを見るといまでも楽しいものの,たとえばいきなりある番組が放送中止になったとしても,まったく残念ではないし,毎週心待ちにする作品というものなくなりました.
黒執事とかガンダム00とか,かんなぎとか,楽しんでいる作品はあるのですが,「夢中」では決して無くなりました.
どこか,冒険したい気持ち,のようなものをアニメで仮に満足させていたところがある気がします.しかし,自転車で街を走れば,自分が主役のちょっとした冒険が簡単に実現できてしまいます.
冬なんて突然の雨が降れば,ちょっとした生命の危機だったりもします.(でも実際には,すんごい寒い思いをしたとしても町中で死ぬことはないだろうけどね.死ぬ気で冬山に行った人でも普通にかえって来ちゃうもんらしいから・・・ってあれはねつ造された物語だったっけか?だれだっけ?ヒラリーマン?)
理由はいろいろあると思うのだけれども,自転車によってアニメは置き換え可能な娯楽であったわけです.まだ両方を楽しむ余裕はなんとかあるのでアニメも見ていて完全な置き換えは生じていませんが.
アニメをたくさん見て楽しんでいた頃は,まさか将来的に自分の中でアニメのしめる割合が小さくなることがあるなんて,思いもしなかった.
で,結論は何かというと,いろんな趣味に手を出すのは,どれも深められないというようなことがあるわけですけども,いろんな趣味に手を出さないと,本当はたいして自分にとって大切ではないものを大切だと誤解してしまうおそれがあって,また,ほんとに自分の性質に合う趣味に出会ったときには,自動的に夢中になって他の趣味なんてふっとんでしまうのだから,いろんな趣味に手を出すことは望ましいことなのではないか,ということ.
ただ,たとえば洗脳だとか,人の中身を作り替える手法というものもあって,自分が夢中になってるという事実なんて,たいしたもんではないというか,たいしたもんなんだろうけど,実は他者によっても簡単に書き換えられてしまうという事実を考えると,好きとか嫌いとかいう話も実はどうでもいいものなんじゃないか,なんて思ったりもする.
でも誰々が好き,とかそういうのって,生き物としても人間としても大切ではないわけがないから,そういうことも考え出すと,そろそろ自分の場合は前頭葉あたりに限界がきて,思考がどんどん混乱しはじめる.
まあ,現状で,明らかなことは,自転車最高!ってことですね.