(自分を視点の中心に置いた場合は)
身近にデブで性格が悪く,思い上がっている馬鹿がいるので,世の中のデブがすべて性格が悪い人間に見えてしまいます.性格の悪さと容姿は無関係ですが,馬鹿の行為と見た目が同時に脳にインプットされることから,見た目の部分が負の感情を呼び起こす,という状況が生じてしまいました.

理性ではそのようなことはあり得ないと理解しているのですが,どうしても,ぱっとみて湧いてくる感情は,デブで性格が悪そうだな!です.

理性で修正できていますし,ひどい考えなことも理解しているのですが,大きな害を受けていると,かなり強く,偏見が固定化されてきます.


テレビで,たとえば,もりたくさんみたいな人を見ても,性格が悪そうに見えてしまいます.まいうーという場面を見ても,性格が悪そうに見えます.

人間に理性というものがあってよかった.
理性と感情の部分が分離しているからこそ,偏見による問題を防止することができる一方で,いくら知識で望ましい考え方を習得しても,悪いやつの経験が感情に与える悪影響を理性で防ぐことも難しい.