現在,新たに我が家に導入されたある製品が,設定や動作の情報を音声によって提供してくれる.
ちょっとうるさい.音声による案内であるから,視覚を用いた案内くらべて,一定の情報を取得するのにかかる時間が長い.つまり聞くよりも読んだ方が速い,ということには,なっている.
そうなのだがそういう欠点はあるのだが,音声による情報提供を利用することは,なぜだか大変心地よい.音声案内の声が女性の声なのだが,それは心地よさと決して無関係ではないだろうが,主要なものではないだろう.たぶんね.だから,ちょっと音声について考えてみたい.
ここで,本来ならば議論を少しでも妥当なものにするために論文を探して,また,良いか悪いかという議論を客観的なものにするために,どういった指標で評価するのか,という点を明確にするべきであろうが,ひとまず,自分の経験と感覚と記憶のみをソースとして,また,評価指標はあいまいなまま話を進めることにする.
現在,情報が入ってくる主なチャンネルは視覚であると思います.新聞,ネット,テレビ(音声まじってますが),携帯電話(メール,ウェブ),本,雑誌.
脳はおそらく,これまでの人類の歴史の中では音声をメインにして動作していたと思う.印刷物の普及は人類の歴史全体を考えたときには比較的最近であろうから.
よって,現代社会の視覚メインの情報取得は,人間にとっては不自然なものなのかもしれない.そこに,音声による情報提供が行われることで,日頃は使われていない脳が活性化するし,また,音声による情報取得は人間にとって自然なものであるから,そこに心地よさを見いだしちゃうことになるのかもしれない.
目を使いすぎると,目が疲れてしまうこともあるし,もっと音声を活用してもいいのかもしれない.パソコンの音声読み上げ,音声による操作,携帯電話に音声ナビゲーション機能付加,ラジオもっと聞く,テレビにキャプションつけない,などなど.
部分的に考えると同じ情報量を取得する効率は音声を用いることで下がるものの,脳が気持ちいいかも脳みそで感じる心地よさを含めて,もっとQOL的な総合的な指標を作成した場合には,もっとどんどん音声を活用したほうが,よりよい値になったりして.
(少なくとも自分に視点を限定した場合には)ディスプレイなどを用いた視覚を用いた情報提供に比べて音声による聴覚を活用した情報提供は古いイメージがある.よって,未来を考えたときに音声の活用のイメージはあまり湧いてこないのだが,もしかすると,音声をもっとちゃんと評価して,活用する方向の方が正しいかもしれない,と思ってます.
考えてみたら,カーナビにおける音声利用はあたりまえに使われているから,音声利用の大切さはすでに分かってる人はわかってることなのかな?
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他の記事を含め,もっといろいろ考えるべきことはあるだろうよ,というようなツッコミなどなど待ってます.Evernoteの招待状も余りまくってます.
ちょっとうるさい.音声による案内であるから,視覚を用いた案内くらべて,一定の情報を取得するのにかかる時間が長い.つまり聞くよりも読んだ方が速い,ということには,なっている.
そうなのだがそういう欠点はあるのだが,音声による情報提供を利用することは,なぜだか大変心地よい.音声案内の声が女性の声なのだが,それは心地よさと決して無関係ではないだろうが,主要なものではないだろう.たぶんね.だから,ちょっと音声について考えてみたい.
ここで,本来ならば議論を少しでも妥当なものにするために論文を探して,また,良いか悪いかという議論を客観的なものにするために,どういった指標で評価するのか,という点を明確にするべきであろうが,ひとまず,自分の経験と感覚と記憶のみをソースとして,また,評価指標はあいまいなまま話を進めることにする.
現在,情報が入ってくる主なチャンネルは視覚であると思います.新聞,ネット,テレビ(音声まじってますが),携帯電話(メール,ウェブ),本,雑誌.
脳はおそらく,これまでの人類の歴史の中では音声をメインにして動作していたと思う.印刷物の普及は人類の歴史全体を考えたときには比較的最近であろうから.
よって,現代社会の視覚メインの情報取得は,人間にとっては不自然なものなのかもしれない.そこに,音声による情報提供が行われることで,日頃は使われていない脳が活性化するし,また,音声による情報取得は人間にとって自然なものであるから,そこに心地よさを見いだしちゃうことになるのかもしれない.
目を使いすぎると,目が疲れてしまうこともあるし,もっと音声を活用してもいいのかもしれない.パソコンの音声読み上げ,音声による操作,携帯電話に音声ナビゲーション機能付加,ラジオもっと聞く,テレビにキャプションつけない,などなど.
部分的に考えると同じ情報量を取得する効率は音声を用いることで下がるものの,脳が気持ちいいかも脳みそで感じる心地よさを含めて,もっとQOL的な総合的な指標を作成した場合には,もっとどんどん音声を活用したほうが,よりよい値になったりして.
(少なくとも自分に視点を限定した場合には)ディスプレイなどを用いた視覚を用いた情報提供に比べて音声による聴覚を活用した情報提供は古いイメージがある.よって,未来を考えたときに音声の活用のイメージはあまり湧いてこないのだが,もしかすると,音声をもっとちゃんと評価して,活用する方向の方が正しいかもしれない,と思ってます.
考えてみたら,カーナビにおける音声利用はあたりまえに使われているから,音声利用の大切さはすでに分かってる人はわかってることなのかな?
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他の記事を含め,もっといろいろ考えるべきことはあるだろうよ,というようなツッコミなどなど待ってます.Evernoteの招待状も余りまくってます.