「ありがと!…うん、綺麗に入った」
僕とツーショットを撮ったヒョノクは、直ぐに自分のスマホの画面を確認した。
ここは、僕とヒョンの20周年を祝うワールドツアー中の控え室前の廊下だ。
開演前も終演後も関係なく、友人や家族が遊びに来ては記念写真を撮っていく。
「ちょっと俺にも見せてよ。…うーん、いつにも増してお顔立ちの癖が強めでいらっしゃる」
同い年のヒョノクとの会話には、出会った最初から遠慮がなかったと思う。
「相変わらず失礼だよね…ん?…癖強めって言うけどさあ、うちら最近、顔が似てきてない?」
白みがキツいファンデーションはスルーするとして、無理やり笑顔を作り出したみたいに横に引っ張った唇、その努力も帳消しになるほどの、全く笑えていない目。
「気のせいだろ。じゃあな」
2つ並んだ顔は確かに不気味なほどそっくりだが、あえて否定した。
「バイバイ。オッパによろしく〜」
「そうだヒョノク、あのさ」
僕は、スマホで撮った写真をいじりながら立ち去ろうとした彼女を呼び止めた。
「ん?なに?」
「今…ヒョンってどんな感じ?視えるか?」
「えーと…待ってね」
彼女は少し離れたところで別の友人と話しているヒョンをじっと見つめた。
そして数秒してからふっと目を逸らし、真顔で言う。
「生きてるヤツが5体、死んでるのが1体」
「男女比は?」
「ほんとに知りたいの?」
「ごめん、やっぱ知りたくない。払えるか?」
「……うん、余裕だって言ってるよ。腹ペコだったみたい」
彼女は僕には見えない何かとコンタクトを取り、その何かの意向を伝えてくる。
「…頼む。ヒョン最近眠れてないし、やたらイライラしてるんだ」
「そっかぁ。怪我の治りも芳しく無いって言ってたもんね」
「ああ。それから…」
「あたしがオッパとくっ付いてる写真を、インスタにあげれば良いんでしょ」
「ああ。逆恨みして飛んできた奴をそっちで処理して欲しいんだ。アンチコメの主も釣り上げたいし」
「OK。じゃあ、オッパのためにひと肌脱いでこようっと」
「お前じゃなくて後ろにいらっしゃるお方がだろ。でも。いつもありがとうな」
「あたしは見えない敵、あんたは見える敵。お互いオッパのために頑張るわよ」
「おお」
そして彼女は、さっき画面で見たのと全く同じ表情でにいっと笑ってみせると、ヒョンの元に戻って、腕にさりげなく触れながら友人も交えてのおしゃべりを始めた。
たぶん今、誰にも見えてない世界では、蛇と蜥蜴と蝙蝠を足して巨大化したような恐ろしい化け物が、ヒョンの背中に乗っかったり中に入り込んだりして悪さをしている霊体を蹴散らし、バリバリと噛み砕き、咀嚼しているはずだ。
生霊を飛ばしてきた奴は今ごろ急激な体調不良に苦しんでいるだろうし、死霊はそのまま化け物の腹の中で消滅する。
ヒョンも彼女の助けを感じて、一瞬だけ彼女にすまなそうな顔をした。
そして僕と目を合わせ、みるみる血色を取り戻していく赤い唇を小さく動かして「ごめんな」と言った。
僕はただ、優しく微笑んで見せながら、首を横に振った。
それは、彼女が幼少の頃から彼女の後ろにいる守り神だという。
詳しいことは知らないが、ヒョンは故郷にいた頃から、彼女(と守り神)に何度も命を助けられてきたらしい。
グループが分離したてのキツかった時期は、僕の希望で、スタイリストとしてヒョンのそばにいてもらった時期もあった。
ヒョンはとにかく精神的にも肉体的にも受け体質なものだから、ひどい時には、お札やお守りの代わりとして彼女に作らせたアクセサリーをヒョンに肌身離さず身につけてもらうこともあった。
それでも、全部は防ぎきれなかった。
ヒョンは満身創痍だけど、「俺は変われないよ」と言っていつも成り行きに任せてしまうし、どんなに体調が悪くても、自分からは彼女に除霊をお願いしない。
まずいことが起きると分かっていながら、邪悪な念や霊体を限界まで抱え込んでしまう。
僕はそれがすごく悔しい。
「ロンドンには…何がなんでも一緒に行ってもらおう。でなきゃ僕が、心配のあまり生霊を飛ばしてしまいそうだよ」
僕は決意を新たにして、根回しをすべき各方面について頭のなかで作戦を立て始めた。
誰がなんと言おうと、僕もヒョンも彼女を手放すことはしない。
日本にいる間にヒョンの様子がおかしくなった時は、彼女とヒョンの間で除霊の中継ができる日本の友人に協力してもらうこともある。
だから彼女もいつしか、カタコトではあるが日本語が使えるようになった。
「全ては虚構に過ぎない」と断じられても、仕方ないとは思ってる。
だけど、実際そうやってヒョンはいくつもの難を辛くも逃れてきた。
誰にも話さないが、これが僕たちの真実なんだ。
(完)
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