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2010JAN31-FEB01
さんふらわあこがねの最終航海。(大分港→)松山観光港→大阪南港
同時に、ダイヤモンドフェリーは開業以来の松山寄港に終止符を打ち、関西汽船も上り便のみの寄港となって、歴史ある瀬戸内海航路も、今や単なるフェリー航路そのものになった感が深い。
松山観光港では紙テープ投げも行われたが、最終航海というのに、乗船客の少なさは寂しい限りだった。数年前まで3便あった阪神-松山航路も、減便で使いにくいから乗客が減ったのか、乗客が減ったから減便されたのか…。
あまり「最終」に出向く気は起きないのだが、馴染み深い航路と船で、ちょうど週末、一週間前に全等級空きあり、というのでは、付き合わないわけにもいかない。

「さんふらわあこがね」
1992年、関西汽船別府航路(松山寄港便)に21年ぶりの新造船として就航。同時に「くいーんふらわあ2」「くるしま7」が小豆島・高松寄港便に玉突き転配され、日本最後の長距離(純)客船「あいぼり丸」「こばると丸」を引退させたことでも知られる。その前にデビューした、ダイヤモンドフェリー「スターダイヤモンド」「ブルーダイヤモンド」の準姉妹船で、船体外観は塗装以外ほぼ同型。
1995年に小豆島・高松寄港便が廃止され、その後阪神-別府直行便に「さんふらわああいぼり」「さんふらわあこばると」姉妹が就航、2000年代に入ると寄港便と直行便の上下が異型船になったり、経営統合に向けて、ダイヤモンドフェリーとの間で寄港地乗り入れ、減船、減便、と目まぐるしく変化した。
最終的には「こがね」がダイヤモンドフェリーに移籍、関西汽船に残った「にしき」とともに大阪-松山-大分の寄港便に就航。いろいろ変化はあったものの、「スター」「ブルー」とともに、阪神-愛媛-大分という両社伝統の航路の一時代を築いた功績を称えたい。

最後の松山観光港着岸/特等室/出港/松山の灯をあとに/大阪南港到着
2003OCT14 関西汽船時代・別府観光港出港
2003JUL21 壁紙用・大阪港外にて