2026年2月22日
ベルツリー 10周年パーティー②
前夜祭(2/21 17時〜23時)鳥まる(京橋)
男性6人、女性8人
全部で14人
テニス(2/22 8時〜11時)大枝公園(第488回)
男性24人、女性14人
全部で38人
メインパーティー(2/22 17時〜20時)ムーラン
(難波)
男性46人、女性30人
全部で76人
2軒目(2/22 20時30分〜23時)くわどり(難波)
男性28人、女性21人
全部で49人
3軒目(2/22 23時30分〜26時)鶏ヤロー(心斎橋)
男性14人、女性7人
全部で21人
パーティーも中盤に差し掛かり、色んな賞の授賞式の時間です。この日の為にスケッチブックをたくさん書いてくれたメンバーの中から最も人気のあったあいちゃんにスケッチブック賞、、
普段の練習会で上げボールが1番人気のあった、瀬尾(前衛)ふるしょー(後衛)の2人に上げボール賞。練習中に一生懸命ボールを拾ってる賞を大矢にプレゼントしました。
普段からチームを陰ながら支えてくれてる、ともよ、しおり、つー、大矢に裏方賞。
いつもチームを盛り上げてくれてる、瀬尾、うっしー、あいちゃん、しーちゃんに盛り上げ賞。
裏方賞、盛り上げ賞の皆さんにはTシャツをプレゼントしましたが、普段着てないような色をあえて選びました。きっと本人では選ばないだろうなぁと思ってますが、新しい世界に踏み込んでもらいたいという私からの想いですので練習に着てきてくださいね。
私個人がチームを運営する上でとても助かったなぁという中津、でらちゃんにはベルツリー賞。
初回の練習会から参加してくれてるなほこ、ベルツリーを設立する際に最初に相談してペア解消、大学OBチームの閉鎖まで理解してベルツリーについてきてくれた児玉には特別賞。
第1期 ちさ、第2期ちー、この2人にはMVPを送りました。2人を選ぶのは即断即決で何の迷いもありませんでした。そりゃそうやろと。。
とにかくこの2人がいなければベルツリーは無くなってたと思ってます。私がというより、今ベルツリーを楽しんでるメンバーはこの2人には感謝してもらいたいなぁという思いが強くあります。
各賞の発表も終えた所で各部門代表で4人にスピーチしてもらいました。
運営代表・たぶかからスタート。
たぶは私の思いを上手に通訳、伝言してくれたスピーチでしたね。
100点の内容でしたが、、少しだけ補足をさせてもらうと。。私がコートで話す事なんて何も意味がないとよく言ってるのは、、コートで話す事はだいたいテニスの事、プレーの事がほとんどです。どうしてもそうなります。それはそれで大事な部分でもありますが、そんなしょーもない話しなんかした所で何にも関係性が深まる事はないという事を常に思っています。
そこから先はたぶが言うてくれた様に本人を深掘りするにはテニスをしてる合間の数分では到底何にも出来ないという事です。
なので、私はコート外で誰の話でも聞ける様にいつでも時間を作れる様にしてますので、また皆さんと色んな話しをしたいなぁと思います。
いつでも気軽に誘ってもらえればどこでも飛んで行きます。
2番目のスピーチは2期代表 大矢。
初回の合宿参加について知られざるエピソードがありましたね。本人の中では大きい出来事で、今のスタイルになったんですね。今のスタイルはそーゆー事かー、、と腑に落ちました。
3番目のスピーチは1期と2期、両方を知るメンバー代表として中津に話してもらいました。
1期から2期に移り変わる時に中津にはおそらく1番しんどい思いをさせただろうなぁと思っています。同世代がみんなチームを離れて、仲良しメンバーから違うチームでの猛烈なお誘いもあったと思います。当時を振り返れば、どういう風に立ち回ればいいのか相当苦しんでる様に見えてました。当時、見るにみかねたでらちゃんから中津を救ってあげたって下さいとお願いされた事がありましたが、私からはあえて何一つ中津には進言した事はありません。唯一言った事は自分が思った方に決めたらいいよ。という事だけです。
悩んだ末、ベルツリーで一緒にやると決めてくれました。後日、サシ飲みをしましたが本人いわくベルツリーで進むという事に何の悩みもなかったと言うてましたが、まぁ大変な決断だったんだろうなぁと勝手に思ってます。
中津は実直なタイプなので断ったりするのが苦手でめちゃくちゃしんどそうにしてるのをずっと見てたので、中津には特別申し訳なかったと私からも何度か話しをしました。でも今のチームを見て、あの時一度閉鎖した事は間違いではなかったと言ってくれてるのが私の唯一の救いです。
最後の大トリのスピーチはちさでした。
ちさには2024年4月にスピーチをお願いしました。およそ2年前ですね笑。2年間もスピーチの重圧を背負わせました笑。
合わせて、ちさが確実に来れる日で今回の日程で決めました。本当は丸10年経った時(今年の10月以降)に開催しようと思ってましたが、ちさがおらんかったらやる意味はないと思ってましたので必ず来れる日を選びました。
スピーチで色々言うてくれてましたが、、ちさとの思い出はやっぱり何回も話し合ったりケンカした事が1番です。私はちさの話をたくさんするのでずっと仲良しの様に思われるかもしれませんが、他の誰よりも1番ケンカしました。何回も何回も話し合ったりして、今に至ります。ちさの希望に添えない事もありましたし、こちらの意図が伝わってない事もありました。何回も泣かせてしまった事もあります。その都度その都度、ちゃんと話して理解してもらいながら少しずつ関係性を深めた次第です。
(もう今はケンカする事はありません笑)
ちさは今でこそ少し丸くなってる感じはしますが、当時はとんでもない暴れ馬でした。私の人生では見た事ないタイプです笑
でも、とにかくチームを大切にしてくれる人でしたので、ちさの話しには真正面から向き合って聞く耳を持つ様にしてました。コレだけチームに対して思い入れや時間を使ってくれる人だから絶対に逃げたらいけないと思って、いつも時間を作って色んな話をしたつもりです。
いつの日にか話しましたが、これだけ真っ直ぐ正面から全体重を乗せてぶつかってくるちさを、他のチームで他の人では扱えないだろうなぁと、、きっとみんな逃げてしまって受け止める事はきっと出来ないと思います。私だから受け止めれたと自負しています。それくらい真剣にちさと向き合ったつもりです。
ちさが関東に引っ越す前に思ってた事は、他のチームに何が負けてたとしてもチームにちさがいてる事でベルツリーがどこのチームよりNo.1だと自負していました。
あと、、これだけはどうしてもお伝えしときたいです。
ちさの表彰の時に少し話しましたが、、
かつてのベルツリーでも今と同じ様にLINEのスケジュール機能で練習日程を出してました。
当時はだいたい2面を必ず確保して最大1面20人✖️2面なのでだいたい40人程の制限をかけて募集してました。
が、、スケジュールアップしたら40人程度なら1時間くらいですぐに埋まってしまうという現象がずっと続いてました。その1番目に参加表明するのが決まってちさでした。ちさはとにかくまずベルツリーにスケジュールを合わせてから自分の用事を入れるというスタイルをずっと取ってくれてました。
参加表明を1番にした後、時々どうしても来れなくなってキャンセルする時もありましたが、ほとんど参加してくれてました。余程の事がない限り必ず参加してくれてたんだと思います。
ちさはあの感じですので、人気者なので色んな人とよく飲みに行く人がいてたり自分の趣味の音楽フェスなんかもよく行ってました。ベルツリー以外にも色々忙しいのはずっと付き合ってきてるので、よくわかってるつもりですが、それでもとにかくベルツリーを第一にスケジュールを組んでくれてたのが運営する側としてやっぱりどれだけ心強かったか。。テニスをする時は必ずちさがいてるという絶対的な安定感、、この部分についてはとにかく非常に感謝しています。
裏企画として動いてました、でらちゃんからよしみへのサプライズ企画を用意してました。
1年前からどうしてもよしみには感謝をさせてほしいという、でらちゃんからの強い要望で時間を作りました。みんなから感謝の寄せ書きメッセージをら1年かけて書いてもらって、それをうっしーが上手にアルバムにしてくれました!
でらちゃんからの感謝のメッセージと共によしみへプレゼントしました。よしみは泣いてましたねー。
最後はベルツリーのテーマソング(勝手に言うてます笑)勇気100%をみんなで歌いましたね。
懐かしの写真をピックアップして動画を作りました。
メインパーティーはココまでで、20時30分からは2軒目です。
普通の焼き鳥屋さんなのに座敷でカラオケとプロジェクターがあるという珍しいお店でしたね。
1フロア貸切でセルフ飲み放題というスタイルで2時間30分ワイワイやりました。
個人的にどうしてもやりたかった、みんなで競馬を無事にやれました。
競馬をやった事ない人もたくさんいてるだろうから盛り上がるかどうかが不安でしたが出来るだけ簡単な馬券で、必ず当たりを入れるという形にして、こちらが想定してたよりも盛り上がってくれたのはホッとしております。
続いてカラオケを使ってイントロクイズをやりました。イントロを聴いて曲名を当てれたら最初のサビまで歌ってもらうというスタイルです。こちらはきっとめちゃくちゃ盛り上がるのは分かってましたので予定通りでした。
最後に集合写真を撮って10周年パーティーは終わりました。
まだ飲み足らない人が20人程いてましたので少し歩いたお店でもう一軒ワイワイやりました。
ベルツリーを設立して10年目となりました。
本当に色んなことがあってめちゃくちゃ大変でしたが、今日みたいな日があったから全て報われました。間違いなくベルツリー史に残る伝説の1日になりました!

























