本書の土着主義については前にも書きましたが、武士道に関する見解は色々と考えないとな、と思いました。

土着主義とは植民地以前の伝統を大切にしようという感じのものですが、その実、商売目的で喧伝したやつが定着したり、欧米から見た姿を焼き直ししてるケースがあるので気を付けるべきとのこと。

何故、武士道について色々と考えさせられたのか。
新渡戸稲造「武士道」が欧米で認められたことで、堂々と武士道を持ち出すことは出来るようになったこと、それはそれで良いかと思います。
問題は、日本人が武士道だと思っているものは、欧米人から見た武士道≒日本人像であるかもしれないということ。

もっと突き詰めて言えば、日本人自身が日本人らしいことと思っているのは、もしかすると欧米人が思う日本人なだけかもしれない。

自分は何者なのか。自分の民族は何者なのか。
これを問うとき、有り難いことに日本には千年以上前の詩集や古典が残っているので、アイデンティティを見出だすのはこういうところを振り返るしかないのかなと思いました。