思い出はオンラインに | 半径3メートルから宇宙の果てまで

思い出はオンラインに

震災後、一週間が経ち、死者行方不明者の数が1万8000人超にまで増えている。もっと増えるだろう。

直後の数日間は津波の映像ばかり流れていたが、さすがにここにきて避難している人たちの様子と原発の冷却の進捗状況がメインになっている。

日本中で被災者たちの受け入れを進め、物資の配達も少しずつ叶ってきている一方で、原発の放射能の風評被害でトラックが途中で引き返すなど、届くべき物資が届かずに孤立して、赤ん坊が餓死しているという話すら出てきている。
この惨状にNHKのアナウンサーですら涙をこらえて声を詰まらせるシーンが見られる。

ニュースでも被災者のいろいろなケースを紹介し始めた。
情報からも孤立していた被災者たちは、自分たちの状況や周囲の環境がいったいどういうものなのかをやっと知り、改めてショックをうけている。

妻と息子を捜しているという男性が映ったときは、オレも身につまされた。
まさにオレの立場じゃないか。
地震のあと、災害にこそ遭わなかったものの、1才のこうちゃんを抱いてマンションから避難したときの緊張を思い出し、全てを失った東北の人たちの状況を知り、オレもほんとうに怖くなる。自分が被災者にならずに本当によかったというのが正直な感想。
夜、同じベッドの中で眠るこうちゃんはとても暖かく、オレにとってはこの上ない湯たんぽみたいなもの。思わず抱きしめてしまいます。

この津波でたくさんの子供も死んだのだろう。生き残った親の気持ちを思うと、なんとかしてやれることはないかと思わずにはいられない。もう少し時間が経ったときにきっととてつもない喪失感に襲われるのだろう。

テレビに映る壊滅した町並みは、原爆投下直後のヒロシマとまっさきにオーバーラップする。その中で自宅跡から写真を見つけたと喜ぶ家族の姿があった。
「思い出すしかないのかなと思っていたけど、残っていて良かったです」
というコメント。

そういうときのためにもFlickrなどのオンラインストレージサービスを活用するのは大事なことかもしれない。オレはヨメと付き合っていた時や、結婚した時、こうちゃんが出来てから生まれて今まで、ここ数年全ての写真はFlickrにアップしてある。

オレが死んでも写真は残るので、家族にはこのアカウントにアクセスする方法がわかるようにする必要があるかもな。

ところでこの地震の正式名称(気象庁発表)は、「東北地方太平洋沖地震」というんだな。NHKしか見ていなかったので、「東北関東大震災」で覚えていた。

写真は計画停電で電気が止まった夜、ろうそくで静かに過ごした夜の写真。

停電の夜のこうちゃん