兵どもが夢のあと1〜平泉 | 半径3メートルから宇宙の果てまで

兵どもが夢のあと1〜平泉

一度行ってみたかった、奥州平泉へ旅をした。福島以北のいわゆる〝東北〟へ行くのは初めてだ。今回は登山は一切関係なく、出産が近くなってきたヨメのための旅行でもある。

新幹線で一路、一ノ関へ。駅前のレンタカーで例のごとく車を借り、厳美渓~毛越寺~中尊寺
~花巻温泉とまわる予定を立てた。厳美渓に着いた頃にはすでにひんやりと冷え込み始めていた。盥に400円を入れ、板をたたくと川向こうの団子屋がその盥を引き寄せて、だんごとお茶をスルスルと送ってよこすというのが名物で、オレたちの後に京都から来た観光バスの一団がひっきりなしに盥を行き来させていた。

ぐるりと厳美渓を一周し、さっさと毛越寺へ向かう。
その途中、達谷窟(たっこくのいわや)へ寄る。岩壁の傾斜に合わせて切った壁板がなかなかすごい。ほんとうに岩壁に寄せて建っているのな。ここはマイナーなのか観光バスはスピードを緩めて車窓から眺めて通りすぎるだけ。厳美渓は見るけどここは見ないという判断基準はどんなもんだろう。ああ、あっちは無料だからか。

達谷窟

達谷窟

そこから毛越寺まではすぐ。14時前についたが、太陽はもう夕焼けに近い色だった。
1,200年前にここに十万人以上が暮らしていたとは、今ではもう考えられない土地だが、ほとんどが礎石くらいになってしまった伽藍に夢を馳せてみたりする。当時の平泉なんて今よりうんと寒かったろうに。

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毛越寺から中尊寺はすぐ。あまりに腹が減ったので、中尊寺駐車場に面したうどん屋でうどんを食べる。
月見坂を登っていくとだんだん冷え込んできた。途中の坂から平泉の平野を見下ろすと、かつてはぎっしりと家並みが並ぶ街だったのが、田畑の風景になっている。国破れて山河ありとはまことにこのことだな。

中尊寺

中尊寺・嶺薬師堂参道

讃衝蔵を拝観。平泉の歴史って、結局は藤原という豪族の三代の歴史なんだよね。1200年前にたった100年で滅びた幻のような都が、ここ平泉。

中尊寺

金色堂はマジ金色堂。金箔貼り散らかしたお堂は過去の権勢もここまでだったのかと実感させてくれるに十分。金が取れるのはわかるけど、取れたからってここまでやるかと、現代の感覚でいうとちょっと呆れるほどだ。秀吉の茶室にしろ、ここにしろすごいもんだなね。権力者ってのは。

金色堂を覆う、覆い堂を見た後、山を下りて黄昏時の無量光院跡で夕日を眺める。美しい。

平泉・無量光院跡

日暮れの瞬間、柳の御所跡を少し見てから高速にのり、本日の宿である花巻温泉へ車を飛ばす。

泊まったのは新鉛温泉・愛隣館。花巻南ICから小一時間くらい、豊沢川の一番奥にあるでかい旅館。信楽焼の釜風呂が最高でした。

つづく・・・