クリエイティビティってやつは【愚痴?】
結論から言うと、クリテイティビティに関するお仕事というのは難しい。正解がない上に我の強い人たちが同じ方向を向いて物を作ろうというのだから、簡単にいくわけはないのだが・・・・
いわゆるクリエイティブ系の仕事をしていると、いろんなタイプのクリエイターってのに接する。アーティスト寄りの人もいれば、職人的なプロ意識でやってる人もいる。僕はどちらかというと後者だ。好みやテンションで仕事がブレるのは嫌いで、ディレクターとしての立場でいると、あまりにこだわりの強いタイプは敬遠してしまいがちだ。人間的に極端に個性的だったりするのもごめんだ。いわゆる不思議ちゃんは論外だ。
ただ、仕事をしていく上では、どのタイプにせよ聞こえが悪いがコントロール次第だ。言い方を変えれば段取り次第と言ってもいい。段取りというのはスケジューリングと同意で、それが物を作る上で最大のボトルネックだと思っている。つまりは時間。こだわりを形にするという上で、センスやコストと同じかもしかしたらそれ以上に重要なファクターになると言える。10年以上この仕事に接してきて、センスで仕事をするといのもある意味信用できない。
「時間がない中よくここまでやってくれました」
という話は、一つの言葉遊びであって、実はそこまでやってくれた中には、しっかりを必要な時間は確保されている。これは間違いない。この手の話を真に受けている人は、アインシュタインが落ちこぼれだったという話を聞いて、勉強しなくても大丈夫だと安心する人だ。
それでも時間がない中でなんとかやっているとか、時間がないのは誰でも同じだというのは便利な言葉なので、それこそがクリエイティブだと勘違いしている人もいる。
ただし仕事を受ける立場で内省的に使う言葉ならばわかる。それは忙しさを理由にしちゃいけないという自戒だ。しかし、仕事を出す立場で、依頼先に向かってそれを言ったとしたらどうか。おまけにこちらのスケジュールがきついのを知った上で、お手伝いしますよと受けてもらった相手に対して、
「できないなら最初に断ってもらいたかった」
とまで言う神経は、理解できないどころか噴飯ものだ。
そんなやついるのか? と思うクリエイター諸氏、
それでも仕事の仕方にはいろいろあって、正解不正解というのはないのだが、効率という面での巧拙の差は存在する。しかし巧にせよ拙にせよ、仕事をする上での共通認識があり、だからこそ成立している。それはプロフェッショナルとしての条件だと言ってもいい。
先日こんなことがあった。
ある外部のデザイナーにデザインをお願いしていたのだが、このスケジュールがかなりタイト。スタートから締め切りまでの予定が当初の半分以下になってのスタートだった。
それで上がってきたデザインに対し、コンセプトレベルでの方向修正がかかる。当然デザイナーはこういうイメージボードがあるのなら、先に出してくれないと無駄手間になってしまう。当然のクレームだ。しかしその発注主は、試行錯誤をしないのはクリエイティブじゃないと言い放った。時間的に無理ならば、別のデザイナーに仕事を引き継ぐと言ったのだ。
百歩譲って、デザイナーを途中で変えるという話はなくはない。しかしそれはデザインをゼロの状態から仕切り直すという話だ。それ以外の選択肢はない。しかし発注主はそのデザインを引き継いでの意識でいるらしかった。これはあり得ない話で、聞いたことがない。
仕事を受けたデザイナーが、途中でデータを誰だか知らない人に引き渡すので、データくださいと言われて、快諾するデザイナーは、たぶん一人もいないだろう。それが通用するのは、最初からコラボレーションというコンセプトワークに限られる。
そうではなくて、仕事のスタッフとしてクレジットされ自分の名前が入る場合、デザイナーが快諾すると思っているとしたら、かなり危険だ。やがて誰も手伝ってくれなくなる。正直僕ももうこの彼とは一緒に仕事したくない。
とりとめもないが久々に頭に来たので、メモという意味で残しておこうと思う。同時に自分への自戒もこめて。
いわゆるクリエイティブ系の仕事をしていると、いろんなタイプのクリエイターってのに接する。アーティスト寄りの人もいれば、職人的なプロ意識でやってる人もいる。僕はどちらかというと後者だ。好みやテンションで仕事がブレるのは嫌いで、ディレクターとしての立場でいると、あまりにこだわりの強いタイプは敬遠してしまいがちだ。人間的に極端に個性的だったりするのもごめんだ。いわゆる不思議ちゃんは論外だ。
ただ、仕事をしていく上では、どのタイプにせよ聞こえが悪いがコントロール次第だ。言い方を変えれば段取り次第と言ってもいい。段取りというのはスケジューリングと同意で、それが物を作る上で最大のボトルネックだと思っている。つまりは時間。こだわりを形にするという上で、センスやコストと同じかもしかしたらそれ以上に重要なファクターになると言える。10年以上この仕事に接してきて、センスで仕事をするといのもある意味信用できない。
「時間がない中よくここまでやってくれました」
という話は、一つの言葉遊びであって、実はそこまでやってくれた中には、しっかりを必要な時間は確保されている。これは間違いない。この手の話を真に受けている人は、アインシュタインが落ちこぼれだったという話を聞いて、勉強しなくても大丈夫だと安心する人だ。
それでも時間がない中でなんとかやっているとか、時間がないのは誰でも同じだというのは便利な言葉なので、それこそがクリエイティブだと勘違いしている人もいる。
ただし仕事を受ける立場で内省的に使う言葉ならばわかる。それは忙しさを理由にしちゃいけないという自戒だ。しかし、仕事を出す立場で、依頼先に向かってそれを言ったとしたらどうか。おまけにこちらのスケジュールがきついのを知った上で、お手伝いしますよと受けてもらった相手に対して、
「できないなら最初に断ってもらいたかった」
とまで言う神経は、理解できないどころか噴飯ものだ。
そんなやついるのか? と思うクリエイター諸氏、
それでも仕事の仕方にはいろいろあって、正解不正解というのはないのだが、効率という面での巧拙の差は存在する。しかし巧にせよ拙にせよ、仕事をする上での共通認識があり、だからこそ成立している。それはプロフェッショナルとしての条件だと言ってもいい。
先日こんなことがあった。
ある外部のデザイナーにデザインをお願いしていたのだが、このスケジュールがかなりタイト。スタートから締め切りまでの予定が当初の半分以下になってのスタートだった。
それで上がってきたデザインに対し、コンセプトレベルでの方向修正がかかる。当然デザイナーはこういうイメージボードがあるのなら、先に出してくれないと無駄手間になってしまう。当然のクレームだ。しかしその発注主は、試行錯誤をしないのはクリエイティブじゃないと言い放った。時間的に無理ならば、別のデザイナーに仕事を引き継ぐと言ったのだ。
百歩譲って、デザイナーを途中で変えるという話はなくはない。しかしそれはデザインをゼロの状態から仕切り直すという話だ。それ以外の選択肢はない。しかし発注主はそのデザインを引き継いでの意識でいるらしかった。これはあり得ない話で、聞いたことがない。
仕事を受けたデザイナーが、途中でデータを誰だか知らない人に引き渡すので、データくださいと言われて、快諾するデザイナーは、たぶん一人もいないだろう。それが通用するのは、最初からコラボレーションというコンセプトワークに限られる。
そうではなくて、仕事のスタッフとしてクレジットされ自分の名前が入る場合、デザイナーが快諾すると思っているとしたら、かなり危険だ。やがて誰も手伝ってくれなくなる。正直僕ももうこの彼とは一緒に仕事したくない。
とりとめもないが久々に頭に来たので、メモという意味で残しておこうと思う。同時に自分への自戒もこめて。