なんとなく寂しい
大学にはいってからかな、ずっとくすぶるみたいに寂しさを感じる
なんとなく、高校の時と今の友達に対する価値観が変わったからかな
高校の時は、ただ馬鹿やってうおりゃああとか叫んだり、ケラケラ笑ってたらそれだけで友達ができたし、
それだけで俺らわかりあってるしってお互いに思い合って毎日過ごしてた。
でも、なんだか大学入って色々変わった
それだけじゃお互いに満足のいく関係なんてつくれなくて、この年になると笑いのハードルも上がってきてそもそもただのくだらないギャグの応酬で心から笑うことも少なくなってくる。
皆いろんなことを考えるようになる。綺麗なことだけじゃなくて汚いことも。劣等感とか侮蔑とか嫌悪とか嫉妬とか・・・あと、空気を読むとか
そういうのも介在した人間関係を作るように強いられてくる。
それでも、超人はそういう難しい舞台の中でもうまくやる。楽しくこなす。憎いね笑
俺はそうじゃなかったから気がついたらペラッペラの人間関係の相関図が出来上がってた
よく、大学に入ってみると友人一人一人との関係が希薄になるって話は聞く。
単純に俺が暗くなって、俺の人間関係ダメダメになっただけかもしれないけど笑
表面的要素じゃダメダメな俺。じゃあきっと本音で話せばもっと深い人間関係を作れるかも。
それも疑問。
この年になって初めて、人間同士100%の理解をすることなんてできないって知った
人間腹を割って話せば、絶対にその人が見えてくる、理解できるっていままで思ってた
でも、なんか違う。
ある人と本音でトークして、「実は俺さあ」なんて切り出して、「あぁ、わかるわかる!」とかやってみる
それでわかり合ったつもりになっても、そんなのその人の氷山の一角だし、わかり合った部分だけでもそこで100%お互いにどっかで誤解してる
しかも人間、意外と寝て起きてみると考えが変わってたりする。
考えなんてコロコロかわる。
それに言葉にすると、本当だった気持ちがちょっとだけ嘘になる。
それに、本音で話すと場合によってはまじでお互い傷つく
例えばAとBがいて、お互いに自分の過去の辛い経験について話してみる
Aは真剣に、自分のコンプレックスを話す。Bも「へえそうなんだ」って返して、
「俺もさぁ」って過去の出来事を話しだす。
この時に、Aはひどく辛い経験だったのに、話すのが下手くそで、なんだか事実の羅列みたいな感じになって感情移入がし辛い内容になってしまった。
対してBは辛い経験ではあるがAほど酷ではない。だが、物語の起伏を作るのがうまい。
Aはその話を聞き入り、熱をもってその内容について共感した。
終わってみれば、Aのコンプレックスなど大したことはなくて、Bは大変つらい思いをしたという認識を場に作ってしまった。
Aはひどく悔しい思いをする。
俺の苦しみはそんなんじゃない、おまえのとは比べ物にならない
でもそんなこと口が裂けたって言えない
相手も確かに苦しいと感じたことなんだ、本当の気持ち、弱点だから、それをないがしろにするなんて最低の人間がすることだ
そう思って口を閉ざした。
別にBは悪いことをしたわけじゃない。けれど、どことなくAは自分のコンプレックスをないがしろにされたような気分だった
本音で話すことってそういうことが多くあると思う。
他意なく人を傷つけるっていうか・・・
どっかの作家が言ってた。本音で話すことは人を傷つけることになるって。
本当にそう思う。
こんなんじゃあ理解し合う以前に人間不信になってまうよ笑
本音もだめで、表面上の付き合いもダメでじゃあどうしたらいいんだ
どうしたら人は一人じゃなくなるんだ。
そう考えて、俺は「ああ、人は一人だ」って考えるようになった。
だから皆、友達を作るのは孤独からの脱却とかそういうんじゃなくって、
お互い孤独を紛らわすために付き合ってる
そう考えるようになった。
よくわかんないね。
そうはいっても、普通に今が楽しくてしょうがない、孤独を感じてない人だっている。
「別に誤解しあったっていいじゃない。一緒にいるだけで幸せだったらそれでいいじゃない。」
って人もいるだろうし。
てか自分で書いといてなんてウラヤマな言葉なんだ・・・。
そんなことを言える人生にしたいもんだ。
てか世の中こんなこと考えずに過ごす人もいるんだろうな・・・
純真な人か、天性の人か
どちらにしても、ウラヤマですわ。
大学にはいってからかな、ずっとくすぶるみたいに寂しさを感じる
なんとなく、高校の時と今の友達に対する価値観が変わったからかな
高校の時は、ただ馬鹿やってうおりゃああとか叫んだり、ケラケラ笑ってたらそれだけで友達ができたし、
それだけで俺らわかりあってるしってお互いに思い合って毎日過ごしてた。
でも、なんだか大学入って色々変わった
それだけじゃお互いに満足のいく関係なんてつくれなくて、この年になると笑いのハードルも上がってきてそもそもただのくだらないギャグの応酬で心から笑うことも少なくなってくる。
皆いろんなことを考えるようになる。綺麗なことだけじゃなくて汚いことも。劣等感とか侮蔑とか嫌悪とか嫉妬とか・・・あと、空気を読むとか
そういうのも介在した人間関係を作るように強いられてくる。
それでも、超人はそういう難しい舞台の中でもうまくやる。楽しくこなす。憎いね笑
俺はそうじゃなかったから気がついたらペラッペラの人間関係の相関図が出来上がってた
よく、大学に入ってみると友人一人一人との関係が希薄になるって話は聞く。
単純に俺が暗くなって、俺の人間関係ダメダメになっただけかもしれないけど笑
表面的要素じゃダメダメな俺。じゃあきっと本音で話せばもっと深い人間関係を作れるかも。
それも疑問。
この年になって初めて、人間同士100%の理解をすることなんてできないって知った
人間腹を割って話せば、絶対にその人が見えてくる、理解できるっていままで思ってた
でも、なんか違う。
ある人と本音でトークして、「実は俺さあ」なんて切り出して、「あぁ、わかるわかる!」とかやってみる
それでわかり合ったつもりになっても、そんなのその人の氷山の一角だし、わかり合った部分だけでもそこで100%お互いにどっかで誤解してる
しかも人間、意外と寝て起きてみると考えが変わってたりする。
考えなんてコロコロかわる。
それに言葉にすると、本当だった気持ちがちょっとだけ嘘になる。
それに、本音で話すと場合によってはまじでお互い傷つく
例えばAとBがいて、お互いに自分の過去の辛い経験について話してみる
Aは真剣に、自分のコンプレックスを話す。Bも「へえそうなんだ」って返して、
「俺もさぁ」って過去の出来事を話しだす。
この時に、Aはひどく辛い経験だったのに、話すのが下手くそで、なんだか事実の羅列みたいな感じになって感情移入がし辛い内容になってしまった。
対してBは辛い経験ではあるがAほど酷ではない。だが、物語の起伏を作るのがうまい。
Aはその話を聞き入り、熱をもってその内容について共感した。
終わってみれば、Aのコンプレックスなど大したことはなくて、Bは大変つらい思いをしたという認識を場に作ってしまった。
Aはひどく悔しい思いをする。
俺の苦しみはそんなんじゃない、おまえのとは比べ物にならない
でもそんなこと口が裂けたって言えない
相手も確かに苦しいと感じたことなんだ、本当の気持ち、弱点だから、それをないがしろにするなんて最低の人間がすることだ
そう思って口を閉ざした。
別にBは悪いことをしたわけじゃない。けれど、どことなくAは自分のコンプレックスをないがしろにされたような気分だった
本音で話すことってそういうことが多くあると思う。
他意なく人を傷つけるっていうか・・・
どっかの作家が言ってた。本音で話すことは人を傷つけることになるって。
本当にそう思う。
こんなんじゃあ理解し合う以前に人間不信になってまうよ笑
本音もだめで、表面上の付き合いもダメでじゃあどうしたらいいんだ
どうしたら人は一人じゃなくなるんだ。
そう考えて、俺は「ああ、人は一人だ」って考えるようになった。
だから皆、友達を作るのは孤独からの脱却とかそういうんじゃなくって、
お互い孤独を紛らわすために付き合ってる
そう考えるようになった。
よくわかんないね。
そうはいっても、普通に今が楽しくてしょうがない、孤独を感じてない人だっている。
「別に誤解しあったっていいじゃない。一緒にいるだけで幸せだったらそれでいいじゃない。」
って人もいるだろうし。
てか自分で書いといてなんてウラヤマな言葉なんだ・・・。
そんなことを言える人生にしたいもんだ。
てか世の中こんなこと考えずに過ごす人もいるんだろうな・・・
純真な人か、天性の人か
どちらにしても、ウラヤマですわ。