きょうから4月ですね。
進学・就職・異動・職場での新しい出会い等、悲喜こもごもの
思惑が飛び交う日が今日ではないかと思います・・・たぶん。
今日は『エイプリルフール』に あやかった
エセ記事をUPされるブロガー様も
居らっしゃるのではないかと思います。
もちろんボクも考えました。
でもでも・・・
『なぁ~んやぁ、ウソやったんやぁ(笑』
的なレベルで終わりそーなネタが思いつかないorz
ボクは“笑ってウソがつける奴”って
よく言われるのですが、そんな人の記事って、
ドコからドコまでがウソで、
ドコからドコまでがホンマか
区別がつきにくいんですよね。
あんまし人の心を弄ぶよーな
ウソ記事は書きたくないですしね・・・
なので、
ネタをひとつ・・・
*********************************
以前に仕事先で出会った女性と付き合った事がありました。
仕事で行く度に『こんど遊びに行きましょーね』って社交辞令。
そして、何回か遊びに行ってるうちに・・・って感じでした。
当時はまだケータイ機能が充実してなかったんです。
画面は、もちろんモノクロ。メールなんで機能もございません。
docomo→docomo
au→関西セルラー
※ツーカーホン関西も健在でした。
softbank→J-PHONE関西→関西デジタルホン(当時)
だった頃で、エリアが違うと『ローミング』機能があった時代。
その頃、東海から東のエリアでは『IDO』という会社がありましたね。
関西セルラーとローミングできたので、auの前身やと思います。
まだまだ電話料金が高かったので、連絡のメインはポケベルでした。
お互いに伝えたい事を、いくつものメッセージに分けて送信。
今くらいにケータイの機能が充実してたら、もっと距離が近かったでしょうね。
当時は若かったので『彼女ができてん!』って言うのにも照れがあり
お互い、周囲に公表してない状態での付き合いが始まりました。
連絡を取るのも2~3日に1度、中には週に1回って時もありました。
連絡するのが義務になり、お互いにとって負担や重荷になるのイヤなので。
そして、付き合い始めて1ヶ月ちょい経った頃。
彼女から『地元の友人とドライブに行ってくるね』というメッセージが。
もちろん『気ぃつけて行ってくるんよ!』というメッセージを送りました。
普段なら、その日の晩に『ただいま!帰ってきたよ』とか、
数日後に『元気してる?』とかメッセージが来るんですが、
待てど暮らせど、まったく彼女からの連絡が来ません。
『忙しいんかな?』
『それとも体調が悪いんかな?』
って心配しだした頃の晩、ある1本の電話がかかってきました。
モノクロ画面の着信画面を見ると彼女の名前。
でも、電話の向こうは彼女ではない声。
相手 『もしもし、○○(←彼女の名前)の母ですが・・・』
ボク 『どうも初めまして。○○(←ボクの苗字)と申します。』
母親『あの・・・娘とは どういったご関係で?』
ボク 『えっ・・・1ヶ月程前から、お付き合いさせて頂いてるんです。』
母親『そうなんですか。ウチの娘が実は・・・』
ボク 『お母さんが電話されてるって事は、どーかなさったんですよね?』
母親『実は・・・1週間前に、交通事故で亡くなったんです・・・』
もちろん、急な事でしたので、お通夜・お葬式等でバタバタして、
遺品整理をしている途中で、彼女のケータイを見つけたので、
電話帳&履歴が残ってる人に連絡をしたとの事でした。
もちろん、彼女の住む地域では交通事故で3人死亡なので
デカデカと記事になったそうです。
もちろん、ボクは知る由もありませんでした。
電話を切ってからも、状況判断が出来ずにボーッと夜中を過ごし、
翌日は会社に休みを届け出て彼女の家に向かいました。
そして、彼女の母親に連れられて彼女のお墓参りに・・・
彼女のお墓や仏壇を見ても、まったく実感が湧きません。
悲しいハズなのに涙ひとつ流れ出てこないボク。
『あのカタカナばっかのメッセージが最後の連絡やったんやぁ・・・』
数日たって、自分の中で整理がついたころ、
一生分のナミダを流したと思えるほど泣きました。
あれから数年・・・彼女の事を思い出す日の数自体は減りましたが、
『見たい事』・『したい事』・『言いたい事』・『伝えたい事』は
出来るだけ実行するべきやって思いながら毎日を過ごしてます。
*********************************
なーんて実体験に基づいたよーな記事を書いたら、
少しはウルウルしてくれる人が居るかな?
・・・とか、なんとか言いながら、この話は実話です。
2名のブロガー様へのコメには簡単に書きましたが。(・∀・)b
いじょう。