ふるさとさんぽ。 | お客様は神様・・・いや、王様です。

昨日(日曜日)は地区行事の『歩こう会』の仕事で


奈良県御所市&五條市へ行ってまいりましたバス



まず1ヶ所目は、御所市にある『一言主神社』 へ。



御所・一言主神社  ←相変わらずケータイにて。


善いことでも 悪いことでも、1つだけ願いを叶えてくれるとの言い伝えです。



ナメック星のポルンガなら、3つまで叶えてくれるのに・・・



一言主神社の大銀杏  ←階段を上った境内にある大銀杏


樹齢1200年らしいです。色んな歴史を見てきたんでしょうね・・・


葛城山の麓で肌寒く、ちょーど黄葉の状態は全盛期です。


・・・


このあと、『天誅組』 で有名な五條市・新町の古い町並みを散策。




※天誅組を知らない方の為に、めっさ簡単に説明・・・


時代は幕末まで遡ります。


まだ薩摩(鹿児島)と長州(山口)が薩長同盟を結ぶ前のこと。


薩摩は公武合体(幕府と公家の政略結婚により、国をまとめる)の考え、

長州は尊皇攘夷(天皇中心の日本を作り、諸外国との関係を断絶)の考えでした。


そのころ、時の天皇(孝明天皇)は時の将軍(徳川家茂)に『攘夷しーや!』って

勅書を送ります。ちなみに、皇女和宮の異母兄は孝明天皇・旦那は徳川家茂。


当時の世の中は、天皇(長州)<将軍(薩摩)の立場が逆転しかけてる時です。

天誅組は長州のバックアップを受け、倒幕テンションをアゲアゲ中アゲ


『我らは倒幕の先駆者になろう!』と、五條にある代官屋敷を襲撃します。


しかし、公武合体派の薩摩・会津の巻き返し工作により、再び幕府優勢になります。


代官屋敷=幕府直轄なので、『倒幕の志士たち』は『逆賊・暴徒』として扱われ


幕府軍の追討を受け、最終的には壊滅してしまうことになります・・・。



しかし、その5年後には明治維新は実行されるので、倒幕の先駆けになったのは事実です。




今回の日記は、コメのしよーがないっぽいので、コメント欄は閉めときます・・・




***************************************




ついでに撮った写真。


錦繍の二上山  私信>みきぴょん、懐かしいかな?