恵みによって今日も新しい朝を迎えることができました。
父なる神様の憐れみと恵みと愛に感謝します。
御子イエス・キリスト様の十字架の死とよみがえりを誉め称え、私たち罪人の罪のさばきの身代わりであったことを感謝します。
あなたは死を目前にして大丈夫と言えるか?
クリスチャンはみな「全能の神がおられる。だから大丈夫だ。たとえ死んでも、私には行くところ(天国)がある」と言えます。
イエス様は「天地は滅びるであろう。しかし私のことばは滅びることはない」と言われた。(新約聖書マタイの福音書24章35節)
聖書のみことばは気休めではない。自己暗示をかけて自分を安心させるものでもない。「聖書のことば(イエス様のことば)は『いのち』である。と書かれているからだ。(ヨハネの福音書6章63節)それは無限に広がっていく「神のいのち」である。だから、聖書のみことばを信じ、心に受け入れるなら、それがいのちを生み出し、現実の力となるのである。まさに、聖書のことばは生きている!聖書は単なる倫理や道徳の書ではない。聖書のみことばは、生きるいのちを生み出し、どんな問題をも解決していく知恵と力を与えてくれる。
2025年3月16日
聖書から
『このこと[次のこと]によって、私たちを愛する神の愛が明らかにされました。実に、神は御子、すなわちご自分のひとり子の御子を世に遣わされました。それは私たちがいのちを得るためでした。ここに愛があります。私たちが神を愛したのではなく、この方〈神〉が私たちを愛してくださって、私たちの罪のために宥め(なだめ)の供え物となるべき方として、ご自分の御子をお送りくださいました。』(新約聖書ヨハネの手紙第一4章9、10節、ギリシア語聖書からの直訳)
御子・・・人類の救い主イエス・キリスト様のこと。父・御子・聖霊の三位一体の第二格。キリストは父なる神と同質であり、永遠に共存される。三位は一体の神であって、本質において等しく、力と栄光において同等であられる。
私たちはキリストがどのような方であり、人間のために何をなさったかを知らなければならない。なぜなら、主の人格とみわざとは、聖書の中心主題になっているからである。今から約2025年前に、人間の歴史における一時代を過ごされた方は、その生涯を、ユダヤのベツレヘムにおいて始められたのではない。彼は、永遠のさきから、父なる神の懐(ふところ)におられた。『まことの神』のなかの『神』であり、永遠に存続する「神のことば」であり(新約聖書ヨハネの福音書第1章1節)全宇宙の創造主、全知全能なる神の永遠の栄光の輝きであられた。
どうか、すべての人々が人類史上最大の愛である創造主なる神が人間に示されたキリストの愛を知ることができますように。
キリストの十字架の救いを信じ、受け入れ、キリストを真実に心から愛する全ての人々に喜びと平安が豊かにありますように!
聖霊なる神が、キリストを愛し、真理を愛し、福音を正しく力強く信じる人々が、世の人の顔を恐れず、大胆に十字架の福音を宣べ伝える者として、用いてくださいますように。そしておひとりでも多くの方が救われますように。
今日も日本で世界中で小さないのちが守られますように!
自由のない国にいるクリスチャンと礼拝が守られますように。
ご覧いただき、ありがとうございました!