答えは「絶対にありません」です。
生きている人間がその人のために祈っても、献金しても、洗礼をその人の代わりに受けても、何をしても絶対に無駄です。
救いは、その人自身が生きている間にキリストを信じる信仰によって、得なければなりません。
「信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。」(ヨハネ3章18節)
「御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。」(ヨハネの福音書3章36節)
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みなさま、すてきな週末を!