☆愛がいちばん!ネアカ椋田☆寅吉の本日完売ブログ☆(悲しんでいるようでもいつも喜んでいる人のブログ)☆ -204ページ目

☆愛がいちばん!ネアカ椋田☆寅吉の本日完売ブログ☆(悲しんでいるようでもいつも喜んでいる人のブログ)☆

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朝、小鳥たちの歌う声、太陽の光を受け、光合成を行う樹木や草木の葉っぱ。泳ぐ魚、動く昆虫たち。知れば知るほど不思議な人体の格機能とその働きの精巧な造りと神秘。


私たち人間の体は、体を守るための「抗体」を作るリンパ球を持っています。しかも、過去、現在、未来に合う鍵穴を持つリンパ球を生まれつき備えています。私たちの体は、なぜ未来にあるものの鍵穴さえ持っているのでしょうか。もし人間が進化してきたのなら、なぜ人間の体は未来を知っているのでしょうか。それは、人間が元々そのように造られていたからです。すなわち、私たちの身体は、過去も現在も未来も知っておられる神によって造られたからです。神さまが創造されたものは全て素晴らしいです。


今日も新しい朝、新しいいのちをくださった、父なる神さまの愛と憐れみと恵みに感謝します。私たちの罪のために死なれた、救い主イエスさまの十字架の上の死とよみがえりの栄光を心から誉め称え、感謝します。



聖書から、

旧約聖書イザヤ書第6章1~3節


ウジヤ王が死んだ年に、私は、高くあげられた王座に座しておられる主を見た。そのすそは神殿に満ち、セラフィムがその上に立っていた。彼らはそれぞれ六つの翼があり、おのおのその二つで顔をおおい、二つで両足をおおい、二つで飛んでおり、互いに呼びかわして言っていた。「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。」



ウジヤ王が死んだ年(紀元前740年頃)にイザヤは預言者になる召命を受けました。

この「神殿」はエルサレムの神殿というよりも天にある神殿なのでしょう。

セラフィムとは御使い(天使)よりもはるかに位の高い霊的被造物です。彼らはもっぱら神を賛美する働きに従事しています。神はセラフィムをその働きのために創造されたのです。一方ケルビムは神の政治、統治をつかさどるために造られました。この聖なるセラフィムでさえ、神が余りにも聖であられるので、三対ある翼のうちの一対で顔を覆い、もう一対で足を覆い、残った一対で飛んでいました。彼らは神の聖さを誉め称え、「聖なる、聖なる、聖なる」と「聖なる」を三回繰り返していました。それほど神は聖であられるという意味です。


聖霊は、ヨハネを通して、イザヤが見た神の御姿は、受肉される前の主イエスの御姿であると語っておられます。

「イザヤは彼〈イエス〉の栄光を見たので、これらのことを語ったのであり、彼〈イエス〉について語ったのである。」(ヨハネの福音書12章41節)


これは非常に驚くべき真理です。主イエスは処女マリヤを通して人間としてお生まれになり、人間の肉体をお取りになりました。それゆえ主イエスは人間性と神性の両方を持っておられました。主イエスは人間としては、私たちと全く同じ、疲れ、また眠たくなる肉体を持たれましたが、同時に全知全能の神であられたのです。主イエスは、その神性を肉体で隠しておられたのです。しかし、変貌の山の上では、一時だけ、その神性を現されました。


『見よ、彼が、曇に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の所族はみな、彼のゆえに嘆く。しかり。アーメン。


神である主、常にいまし、昔いまし、後に来られる方、万物の支配者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである。」』(ヨハネの黙示録1章7~8節)




今日も小さないのちが守られますように!


ご覧いただき、ありがとうございました。

みなさま、すてきな一日を!