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☆愛がいちばん!ネアカ椋田☆寅吉の本日完売ブログ☆(悲しんでいるようでもいつも喜んでいる人のブログ)☆

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聖書から、イエス様が語られた放蕩息子のたとえをご紹介させて頂きます。


ルカの福音書15章11~24節から


またこう話された。

「ある人に息子がふたりあった。

弟が父に、『お父さん、私に財産の分け前をください』と言った。それで父は身代をふたりに分けてやった。

それから、幾日も経たぬうちに、弟は何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して、湯水のように財産を使ってしまった。

何もかも使い果たしたあとで、その国に大飢饉が起こり、彼は食べるにも困り始めた。

それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。

しかし、我に返った時、彼はこう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大勢いるではないか。それなのに、私はここで飢え死にしそうだ。

立って、父のところに行って、こう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。

もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』


こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。

息子は言った。『お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』

ところが父親は、しもべたちに言った。「急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。



このみすぼらしい弟息子こそが、神を捨て、創造主なる神様から離れた人間の真の姿であります。


ここでは、限りない神様のご愛が語られています。ここに登場する父とは、人間の造り主なる神様のことであり、家出した息子とは、神様を無視し続ける人間を指しています。


人間は、神様によっていのちが与えられ、水、空気、すべての食物によって生かされ、健康が与えられ、それによってあらゆる活動を行ない、働くことができています。にも関わらず、自分の力で生きていると思い込み、神を信じる者を愚か者と呼び、そして造り主であり、与え主であられる神様ご自身よりも、与えられた財産、すなわち、自分のいのち、食べ物・着る物・家や土地・親・兄弟・友人・恋人などにだけ関心を寄せ、またそれらを追い求めています。また、与えられたいのちを湯水のように浪費し、泥酔し、情欲におぼれ、私利私欲に走り、「自分さえ、今さえ楽しければいい!」と神への感謝のひとかけらもなしに人生を放蕩しています。

これらは神の御前で罪であり、罪を犯した人間は神様から罪を罰せられます。神様は人間を一人一人、その人の心の思い、これまで取った行動、すべてを知っておられます。完全に聖なる神の御前では人間は罪人であり、文句を言えません。


そして、神様の行なわれる刑罰は、最終的なさばきであり、それは永遠に尽きることのない火の池である地獄のさばきです。



『しかし、我に返ったとき彼は・・・』(17節)


この放蕩息子は、幸いにも我に返ったのでした。自分の罪を認めたのです。そして、父のところに帰って行ったのでした。もちろん、彼の姿は元気がなく、みすぼらしかったに違いありません。

しかも、父に赦して(ゆるして)もらえるかどうかが、心配で仕方がなかったはずです。

しかし、そのような彼の目に映ったのは、遠くから必死に走り寄って来る父の姿でした。

息子を目の前にした父は、ひたすら帰って来た息子の首を抱きかかえ、何度も何度も口づけするのです。


父は、愛する息子が自分のもとに帰って来るのを来る日も来る日も、毎日待っていたのでした。

神様は、そのように人間を、私たちを愛しておられるのです。そして、私たちのもとにすでに走り寄って来てくださっています。

それは、この世に人となって天から下って来られた神の御子、救い主イエス・キリスト様です。

イエス様は、罪に汚れ切ったこの世界に自らお下りになられ、私たちを抱きかかえ救い出そうとされたのです。あなたを地獄の刑罰から救うために、イエス様は罪が全くないお方なのに、あなたの身代わりにさばきを受け、忌まわしい十字架にかかられたのです。そして、死後3日目によみがえられ、イエス様はあなたの罪を完全に赦す準備を完全に整えられた上で、あなたが帰って来るのを毎日毎日待っておられるのです。あなたは、ただこの放蕩息子のように、自分の罪を認めて真の神様(イエス・キリスト様をご自分の救い主と信じることだけ)に立ち返るだけでいいのです!


完全に聖なる神様の前に、あなたの現状はもちろん罪と汚れでいっぱいでしょう。しかし、そのままの姿でいいのです。イエス様はあなたのそのままの姿を受け入れてくださいます。

実に、この方を救い主と信じるだけで、あなたは救われ、神の子とされ、神様をわが父と呼ぶことが許され、神様によって天国での永遠のいのちが与えられるのです。どうか、今日救われてください。


心から真実に救われたいと願う方は、私といっしょに次ように祈ってください。お声に出せない方は、全知なる神様への祈りですので、心の中で祈っても大丈夫です。


『天の神様、私は主イエス・キリスト様を私の神様とし、私の救い主として信じます。

今までの罪をイエス様の流された血潮によってきよめてください。

今日から私の心の中にお入りください。

私の名前を天のいのちの書に書き記してください。死の恐怖から解放して、永遠のいのちをお与えください。

イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン』


全能の父なる神様と、主イエス・キリスト様から、あなたの上に祝福がありますように!





「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。

それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

(ヨハネの福音書3章16節)


*滅びる・・・死んだ後、聖なる神様から、罪のさばきを受けて地獄へ行ってしまうこと



最後までご覧いただき、ありがとうございました!



今日も小さないのちが守られますように!


みなさま、8月もありがとうございました!

2024年9月もよろしくお願い申し上げます!