自分の子どもの話しかしないヒトが苦手です。
自分には居ないから、「ワカル~うちの子もそうなのぉ~」って返しができないからだろうけど。
それしか話すことないの?と思ってしまう。
…ずっとそうだったんだけど。
最近、十数年ぶりに再会した友人は、子どもの話をよくするんだけど、聞いていてちっともイヤじゃない自分がいます。
何でだろう?って考えた。
相方に言ったら、「きっとその人は話が上手なんじゃない?最後ちゃんとオチがあるとか」とのこと。
そうか、オチのある話。
そういえば、子どもの話しかしないヒトって自慢を繰り返すばかりで、オチがない。
「ウチの息子バカでさぁ…」ってのはただの自慢だと思うんですよね私。
阿呆自慢。
どうせ最後に「でもかわいいんだよね」がつく。
ふぅん、ホントにバカですね、なんて言ったらきっと怒るだろうな~と思いながら聞く。
まったく面倒な時間です。
あとはストレートに自慢のパターンもありますね。
「ウチの娘は本当に努力家でエラいんだ…」
それで私に何を言えと…その娘を見習えってことですか?って感じです(笑)
思い返すと、その友人の話には、自慢も阿呆自慢もなく、エピソードには必ず笑いがあります。
その子を見守る目線には温かい愛情を感じますが。
どこか別の生物として冷静に観察しているような印象も受けます。
ああ、そうか。
だから、エッセイとか小説を読んでるみたいに聞けるのか。
なるほどな。
でも、これって子どもの話に限らず、大事なことかも。
誰かと話をしている時、自分の話にはちゃんとオチがあるんだろうか?
ちょっと考えちゃいました(笑)
今後、気をつけて行こうと思います。