
というわけで・・・わが母校東海大学だゴキ!全国にも同じ大学があるでゴキが、ここは「湘南校舎」になるでゴキ。湘南が近いとは言えるかも知れないでゴキが、湘南エリアとは明らかに言えないゴキ。ただ・・・江の島好きには嬉しい名前だゴキ。

おおお・・・懐かしいでゴキ。ココからの風景は変わってないでゴキ。

右側に行くと何号館だったか・・・教養学部がある校舎だゴキ。

ここ湘南校舎は、住所は平塚となっているでゴキが、教養学部のある校舎は、道路を挟んで秦野市になっているでゴキ。実にややこしいキャンパスだゴキ。

この建物は8号館だゴキ。中には食堂や売店があるでゴキ。一般的な大学の売店は生協だゴキが、ここ東海大学は「Babショップ」と言われる私立特有の売店だったでゴキ。ちなみに、ゴキ男が入学する前のバブル期のころは、チケットぴあがあったとか・・・。

一階は食堂だゴキ。よく見ると「バブレストラン8」と書かれているでゴキ。当時は8号館の食堂、つまり「8食」と呼んでいたでゴキ。

中に入ってみたでゴキ。何年ぶりだゴキか・・・。以前はもう少し古びた感じだったでゴキが、かなり明るめな食堂になっているでゴキよ!ゴキゴキ。

テーブルもかなりイイ感じだゴキ。最近は学生さんに受けるように、おしゃれさを展開中だゴキ。大学の努力が垣間見えるでゴキ。

この奥の右側に、カウンターがあるでゴキ。これ以上いくとパニックになりそうなので、やめておくでゴキ。

おおお!まだあったのか、この新聞!その名も「東海大学新聞」だゴキ。

この通りは工学部へ続く通りケヤキ並木の通りだゴキ。ゴキ男は工学部なのでよくこの通りは歩いたでゴキ。季節は冬で寒いでゴキが、なんとなく良い雰囲気でゴキよ。

ここのグランドは、東海大学の学祭「建学祭」のメイン会場だゴキ。学際の最終日は、ここにみんなで集まって、最後の締めをするでゴキ。花火も上がって、学祭期間の労をねぎらうでゴキ。感動のフィナーレだゴキ!

東海大学の創設者松前総長だゴキ。

この建物は、学部に関係なく受ける授業の校舎だゴキ。上から見ると三方向に伸びている建物だゴキ。中央の上部はFM局になっていたような気がするでゴキ。

建物の一階には、大学の各事務局が入っているでゴキ。この部屋は、ゴキ男が所属していたサークルの事務局だったところだゴキ。入る時はドキドキしたでゴキよ。

元事務局の前は、談話室になっているでゴキ。この扉は昔のまんまだゴキ。

おおお・・・懐かしいでゴキ。テーブルやベンチはそのまんまのような気がするでゴキ。

いつもは学生さんたちで賑やかだゴキよ。ゴキゴキ。

むむむ・・手前のカップラーメンの自販機は以前からあるような気もするでゴキが・・・当時、サークルの先輩、野口さんや藤ヶ谷さんがよく食べていたような気がするでゴキ。

1号館の隣には、掲示板があるでゴキ。当時はよく見たでゴキよ。休講の二文字は素晴らしでゴキ!

この通りは大学の裏側だゴキ。食堂街と言って学生さんのお腹を満たしていたでゴキ。ゴキ男も当時はお世話になったでゴキ。

「きはら」は以前、「欄苑酒家」という中華料理屋さんだったはずだゴキ。から揚げ定食やおかゆ定食など、とにかく量が多かった記憶があるでゴキ。味も美味しかったでゴキけどね・・・残念だゴキ。

別の通りだゴキが、このカラオケ屋も行った記憶がある出ゴキ。

大学から坂を下ったところに、「ろばた焼司」という居酒屋があるでゴキ。東海大学周辺の居酒屋でもトップクラスに入るお勧めの居酒屋だゴキ。画像は建て直した後の建物だゴキ。当時はもっと古めかしい雰囲気のある居酒屋だったゴキ。現在の内装はどのような雰囲気でゴキかね~。また飲みたいでゴキ。ゴキゴキ!

司の前にスーパーが!時代の流れだゴキ。

前の画像のスーパーの近くには、またスーパーが!その名も「グルメシティ大根店」だゴキ。当時のダイエーだゴキ。「大根」はダイコンではなくオオネだゴキよ。

八百屋が2軒並んでいるでゴキが、当時の右側はラーメン屋だったでゴキ。一度だけ行ったことがあるでゴキが、なかなかいわくつきのラーメン屋だったでゴキ。一度食中毒を起こしたことがあるとか、うなぎ丼をお願いすると、隣のダイエーにうなぎを買いに行くとか、主人のおやじはアル中だとかだゴキ。覚えているのは普通のラーメン(450円)を頼むより、ラーメンライス(400円)をお願いしたほうが50円安かった記憶があるでゴキ。

駅近くにあるおもちゃ屋さんだゴキ。まだあったでゴキ。買ったことなないけどだゴキ。ゴキゴキ。

この建物は当時、スポーツジムだったような・・・タウンニュースってなんだゴキ!?時代の流れもここまで来るとすごいでゴキ。

東海大学前駅まで戻ってきたでゴキ。駅ビルの下は、居酒屋やマックと言った並びだゴキ。ここに来て、もう一軒思い出したでゴキ。

それは・・・ビリヤード場だゴキ。以前紹介したPier 39の裏側に回ると「ジャリーブ」というビリヤード場があるでゴキ。当時はよく通ったでゴキ!ここは懐かしいでゴキよ。

むむむ・・・開いていないでゴキ。つぶれたか・・・だゴキ。んんん残念だゴキ。当時は派手なパンツをはいたおばちゃんが店長をしていて、定期的に海外旅行へ行っていた記憶があるでゴキ。けっこう金を持っていたおばちゃんがいた記憶があるでゴキ。ゴキゴキ。

部屋を片づけていたら当時のカードが出てきたでゴキ。むむ懐かしいでゴキ。ゴキ男のビリヤードの腕は、ここで磨かれたといっても過言ではないでゴキ。

ちょいと気になったのが、この「湘南クッキー」だゴキ。歩いていて何点かの自販機を見かけたでゴキ。当時はなかったでゴキ。誰が買うのだろうかだゴキ。

いよいよ終わりも近づいてきたでゴキ。この坂は駅の裏側にある坂だゴキ。この坂も何度も歩いて、本厚木や横浜、新宿と遊びに行っていたでゴキよ!ゴキゴキ!

駅前の雰囲気だゴキ。当時とはかなり変わってしまったでゴキが、しかしゴキ男の心には当時の風景を思い出されるでゴキよ・・・。


おまけだゴキ。今回は二枚あるでゴキ。一枚目は並木通りが太陽にイイ感じで照らされているでゴキ。199X年~200X年までこの大学で過ごしたのは事実であって、若かったのも事実だゴキ。若さってなんだろう?当時は良く分からない衝動と、一種の怖さというものがマヒしていたようにも思えるでゴキ。その勢いで飛び込んだサークル。ゴキ男の場合、サークルの先輩たちに恵まれていたでゴキ。いろいろな人たちから影響を受けたでゴキ。それが今に繋がっているとすれば、感謝しなければならないでゴキ。二枚目の画像は、サークルに入ってお世話になった先輩たちと初めて会って話したテーブルだゴキ。ゴキ男の大学生活はココから始まったといっても過言ではないでゴキ!!
なにかと失望感が漂う昨今、今の大学生には「若さ」という原動力を活用して、頑張ってほしいでゴキ!
「完」