確か今年に入ってからだと思いましたが、東京国立博物館を訪れました。
やっていたのは【中国故宮博物院200選】という企画展。
ぼうっとしていたら期間が終わってしまいそうだったので行ってきた。
展覧会は一部、二部に分けられていた。
個人的には一部の【故宮博物院の至宝 -皇帝達の名品-】が良かった。宋や元時代の書画の発する雰囲気が何とも言えない。士大夫が担った分化とはこういう物だろうか?多くの日本人達が憧れて、真似てきたその元型がそこにあるからだろうか?
しかしながら書は何が書いてあるか分からないし、その背景も深めていないので、正直あまり分からない分野だった。しかし意味はわからないながらも、北宗の趙佶(ちょうきつ)瘻金体(そうきんたい)という細い字体に美しさを感じた。
蔡襄(さいじょう) 米フツ(くさかんむりに市) という書家は伝統を重んじ、そしょく こうていけんという書家は斬新な表現を好んだ。この四人を 四大家と呼んだが、伝統と斬新、という観方は今も昔も変わらないのだな、としみじみ思った。人間って変わらないなぁ。
「長江万里図鑑」という水墨画が良かった。水面の感じというか、陶然とした雰囲気がよかった。
「楓鷹雉鶏図軸(おうようちけいずじく) 」 南宗時代に書かれた作品。李迪(リテキ)作。この人の作品で日本に伝わっている物の中で国宝が2点存在する。その双方共30センチ程度の小さな物で、狭い日本家屋にはそのくらいの大きさで十分だった。しかし李迪の良い点としてこのような大きな作品で緻密かつ大胆な画を描くことが出来る、という事も言える。
行書城南唱和詩巻
「楓鷹雉鶏図軸(おうようちけいずじく) 」 南宗時代に書かれた作品。李迪(リテキ)作。この人の作品で日本に伝わっている物の中で国宝が2点存在する。その双方共30センチ程度の小さな物で、狭い日本家屋にはそのくらいの大きさで十分だった。しかし李迪の良い点としてこのような大きな作品で緻密かつ大胆な画を描くことが出来る、という事も言える。
行書城南唱和詩巻
こうりとうとう(元時代)という書家の書も良かった。優しい感じがした。
鮮于枢(せんうすう) 趙孟?と人気を2分したが、早逝の為、趙の独壇場に。
でもこの人の草書は伸びやかで引き付けられる。
趙孟?(ちょうもうふ)という人物を知った。
南宗l2代皇帝の末裔でありながらフヒライに抜擢され、祖国を滅ぼした人、フビライに仕えた人物。その書は自身の生まれを受けてか徹底した復古主義で王義子を手本とした。
書も画も一流で写実ではなく写意(心をうつす)に転換し、なだらかな文人理想の境地を拓いた。
彼の手による「水村図鑑」は、中国水墨画界の最高傑作の一つ。見ていてその静謐さに胸打たれ少し鼻の奥がつんとした。
「清明上河図」張択端(ちょうたくたん)宗代の徽宗(きそう)皇帝の画院画家と思われる。
テレビでもやっていて生でみたいと思っていたが、展示替えがル事に気付かなかった。ということで残念ながらレプリカを見てきた。当時の市民生活がありありと描かれていた。活気があり当時の雰囲気が伝わってくるようだった。
鮮于枢(せんうすう) 趙孟?と人気を2分したが、早逝の為、趙の独壇場に。
でもこの人の草書は伸びやかで引き付けられる。
趙孟?(ちょうもうふ)という人物を知った。
南宗l2代皇帝の末裔でありながらフヒライに抜擢され、祖国を滅ぼした人、フビライに仕えた人物。その書は自身の生まれを受けてか徹底した復古主義で王義子を手本とした。
書も画も一流で写実ではなく写意(心をうつす)に転換し、なだらかな文人理想の境地を拓いた。
彼の手による「水村図鑑」は、中国水墨画界の最高傑作の一つ。見ていてその静謐さに胸打たれ少し鼻の奥がつんとした。
「清明上河図」張択端(ちょうたくたん)宗代の徽宗(きそう)皇帝の画院画家と思われる。
テレビでもやっていて生でみたいと思っていたが、展示替えがル事に気付かなかった。ということで残念ながらレプリカを見てきた。当時の市民生活がありありと描かれていた。活気があり当時の雰囲気が伝わってくるようだった。
二部では【清朝宮廷文化の精粋】として清朝時代の美術品が展示されていた。1部だけでも結構ボリュームあったのに。しかも「康煕帝南巡図鑑」の長いこと長いこと・・・。一体これどうやって書いたんだ?
最後の方にはチベット系のお宝なども展示されていたが、時間体力共に限界です。
上野駅の反対の方まで行って一杯飲み屋で引っかけて帰ってきました。疲れた。