ハンセン病画家 | 転職おでん

ハンセン病画家

ハンセン病の画家、故鈴木時治さんの遺作を集めた「生きるあかし鈴木時治油彩展」が小山市犬塚のギャラリーAiで開かれている。

 鈴木さんは大正15年、群馬県前橋市の時計店に生まれた。8歳のころハンセン病を発症し、15歳でハンセン病療養所「国立療養所栗生楽泉園」(群馬県草津町)に入所。昭和23年に栄養失調で父親は死亡、妹は将来を悲観して自殺した。鈴木さんは生きる希望を失い、2度も自殺を図った。

 そんな鈴木さんに転機が訪れたのは30歳のとき。戦時中のナチス・ドイツの強制収容所で、死にゆく運命だった子供たちが絵を描くことを学び、わずかな間でも子供たちが生きる喜びと希望を持ったことを知った。

 鈴木さんは「絵を描くことで自分を見いだすことができたら」と独学で絵を描き始めた。絵筆を指では握れないため、手首をポリ袋で包んで絵筆を固定した。昭和48年に「おらとこのだるま」が二科展で入選しただけでなく、県展でも22回入選し、平成15年に亡くなった。

 展示されているのは、「おらとこのだるま」など絵画36点。作品展実行委の山本悦子事務局長(59)は「子供たちに生きることの意味を感じとってほしい」と話している。19日まで。入場無料。問い合わせはギャラリーAi(電)0285・22・3988。

(2007/08/18 Sankei.WEB)

 病気だからこそ湧き出た才能ってゆうのもあるでしょうね。