当時は海上保安庁が不審船と撃ち合ったり、海上自衛隊も海上警備行動を発令し不審船に警告砲撃したのが遠い昔ではなかった頃でした。
いつ「実際」の状況になってもおかしくはない時勢です。
不審船を見つけたとはいえ即座に対応できる距離ではなく、近隣に向かうまでは通常の航海となります。
自分の当直が回ってきて、私は操舵輪を握りました。
「交代しました◯◯士長」
「了解、針路270度 宜候(ヨーソロー)」
「宜候270度」
「宜候」
海上自衛隊には帝國海軍時代から引き継いだ、独自の言葉や伝統があります。
旭日の自衛艦旗もそうですが、この「宜候」もまず他では聞かない言葉です。
幕府海軍の頃に使っていた「宜しく候」という昔の言い回しが短くなったのではと言われたりします。意味は「よろしく(やってね)」「了解しました」「よろしい(言われた通りに完了しました)」となります。言葉の付く位置によって意味合いが変わります。
他にも右舷左舷は「みぎげん」「ひだりげん」、エンジンは主機「もとき」といったように普通の日本語と読み方が異なりますが、これは昔の上官が間違って読んでたのを部下が怖くて指摘できず、そのまま伝統になったんじゃないかと勝手に思っています。
護衛艦の操作は波で進路が狂うので、航海長から方向を示されればそれからズレないように当て舵をします。
「面舵」などの号令がかかれば、規定の角度に舵を切ります。
後は速力指示器というもので機関室に速度の指定をするのも仕事です。最近の護衛艦はボタンひとつですが、少し前の護衛艦までは映画のタイタニックに出てくるようなレバー式でした。
昔ついでに言うと、私がいた時は伝声管が現役でした。
多分今でもそこそこお姉さんな艦にはあると思います。
舵を握って少し後。
「…海上保安庁より、不審船については対応終了との連絡あり。現時刻を待って対処終了。…」
どう「対応」したのかは分かりませんが、現場に向かう途中で対処行動は終わりました。
こういったことはよくありました。
実行動に至らず終わるのが何よりですが、油断していると実際の「相手」と相対することとなります。
それについてはまた後日。