出港して数日。

だんだん陸が恋しくなってきます。

当然携帯の電波は届かず、当時Wi-Fiなんてものもなかったので楽しみは限られてきます。


「情報収集用」として設置されたテレビのHDDに撮り溜めしたお笑い番組を延々と流しますが、もはや何回見たか分からないという事態に至ります。

そうすると暇を持て余してランニングや筋トレをします。

もちろん走る場所は甲板の上しかありません。


小さい護衛艦だと全長100m強しかないので、ずっと同じ所を回ることになります。

景色は海と水平線しかなく、飽きます。


筋トレは倉庫の中で腕立腹筋したり、揺れてる時に捕まる安全バーで懸垂したりします。

艦は揺れているので、上げるタイミングと艦が落ちるタイミングが被ると凄い負荷になります。


それも飽きてくるので、事前に買い込んだ本を読んだりゲームをやる人も多かったです。



自分の当直が終わった深夜、出港前に買い込んだ紅茶葉とビスケットを持って食堂に向かいます。

そこには同じく当直を終えた砲雷科の同期がおり、卓上には碁盤があります。


自衛隊は賭博防止のため艦内や基地内でのカードや麻雀は禁止されていることが多いです。

が、囲碁や将棋は禁止されていませんでした。


私と同期は茶を飲みながら囲碁をするのに興じていました。

なお最初はちゃんとした碁盤と碁石を使っていましたが、波で揺れて石が飛び散り大惨事になったので途中からマグネット式になりました。


ちなみにゲーム機を持ち込んでみんなでやるという楽しみ方もありましたが、情報流出事案があってからは「電子記憶媒体」に厳しくなり持ち込みは認められなくなりました。少なくとも人に見えるところで大っぴらにゲーム大会をするのは禁忌というのが暗黙の了解でした。

今はどうなんでしょうね。



ある日。

「そういえばそろそろ成人の日だね」

当直についていた私に突然艦長が声を掛けてきました。

成人の日に海の上にいることが確定していた私は「はあ」と生返事だけしただけで何も考えていませんでした。


成人の日。

その日はとても海が荒れていました。

日中も外は暗く、大嵐の中艦体が大きく上下左右していたのを記憶しています。


私は空腹時に油断していると船酔いするタチのようで、その日は少し気分が悪くなっていました。

こんな時はビスケットを胃に入れれば少しマシになるのですが、そんな時に分隊士(分隊の若い士官。陸自で言うところの小隊長あたり?)に声をかけられました。

「艦長が成人のお祝いしてくれるらしいから、士官室に行け。」

そう言われて普段入らない入口から士官室に入ると、テーブルに艦長以下の幹部が勢揃いしていました。

テーブルの上には重箱に入った天ぷらやフライ物。きっと給養員のアニキたちが腕によりをかけて作ってくれたのでしょう。


常時腹ペコの若い水兵。

普段なら飛んで喜ぶメニューです。


しかし、船酔いしている中、艦内で最も偉い人間が勢揃いで緊張&油物の食事。

青くなりながらも「ありがとうございます」と頂いたものの、やはりダメでした。


横にいた船務長に「すみません、ちょっと失礼します」と言って返事も聞かずに士官室のトイレへ駆け込みました。



後日同じ科の上官から、「艦長の前でエト(船酔いの"結末"のこと)したんやってな」とニヤニヤしながら言われました。


こうして私の成人の日は忘れられない思い出になったのでした。